第11話 懐かしい感覚

 レイは料理が得意だ。

 料理は、実験に似ている。

 うまいといわれるレシピを頭に入れ、その通りに作れば、おいしいものができる。

 しかも、根幹さえ間違えなければ材料に多少の替えがきくし、精密な分量計算をしなくても味に大きなブレは出ないという点もいい。

 だから彼があんな顔で倒れていたとき、とっさに浮かんだのは、薬草や回復魔法ではなく、米とリンゴだった。

 だって──看病イベントは、恋には欠かせないじゃないか。


……そんなことを考えてる時点で、私の脳内にはすでに花が咲き始めていた。


―――――――――――


 翌朝。

 名前も聞いていないし、ちゃんとしたお礼も言っていない。

 そう思って彼の部屋を訪ねると、彼はまだベッドで横になっていた。

 苦しげな顔。汗ばんだ額。


「うそでしょ……」


 これ絶対、私のせいだ。

 心のどこかで「面倒なことになった」と思いながらも、手は勝手に額に伸びていた。

 指先が触れた瞬間、ほんの少し、どきっとした。

 あっつい。そこそこ熱ある。え、なにこれ……本格的に熱あるやつ?


 いやだ、ほんとやだ。けど……私のせいだから。しょうがないから。

 そ、そうだよ、責任。これは責任。

 ──とか言い訳しながら、看病を決意していた。


 私は一度宿を出て、食材や薬湯の材料を買い集め、再び店主に頭を下げて事情を説明した。 数日分の追加料金と、多少の心づけを渡し、かまどを使わせてもらう。


 作ったのは、リンゴ入りのおかゆ。

 見た目はまぁまぁ、味はそこそこ。少なくとも熱と戦う胃には優しいはず。


 水を張った桶に、氷系の魔法をふわっとかけて冷やし、手ぬぐいを湿らせて絞る。

 そして再び彼の部屋へ。


 汗を拭いていると、彼が目を開けた。


「はは……情けないよね。一晩でこのありさまだ」


「そんなことありません!」


 即答した自分に、ちょっと引いた。けど遅い。もう戻れない。

 こっちはすでに守ってあげたいモードに突入してるんだから。


「ごはん、食べられますか? おかゆ、作ってきたんです」


 リンゴがゆの入った椀を手に、スプーンを構える。

 あーん、させる気満々。


「ちょっと恥ずかしいな……」


「だめです! 私のせいでこうなったんですから、私に任せてください」


 何度も読んできた甘酸っぱいセリフ。

 口にした瞬間、胸がきゅうっとなった。

 またあの、懐かしい感覚。


 止まっていたはずの恋心が、ゆっくりと、でも確実に動き始めていた。


「……あの、私、まだ名前も言ってませんでしたよね」


 そう言って、改めて名乗る。


「レイです。いろいろ、本当にありがとうございます」


「俺はハル。ハル・フェリオスっていうんだ」


 ハル。

 優しそうな名前。声にぴったりの、穏やかな響き。

 ああもう、妄想が止まらない。

 なにその苗字、貴族っぽいの? いや絶対優しさの血統でしょ?


「本当はさ」


 ハルがぽつりと続ける。


「ちょこっと助けたら、すぐ先へ行くつもりだったんだ。でも、その……すっごく傷ついてそうだったし、危ない感じがしたから。

 ……あと、すっごくかわいかったのもあるかも」


 やばいぃ。

 正直に言うところも、笑って冗談混じりにするところも、いい。

 もはや、なんでもよかった。


(あーーーもう、これ……これ完全に落ちたやつーーーーっ♡!!)


  アラサーのメンタルをなめてはいけない。

  わずか三日で──レイ、完全復活である。

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