衝突事故

十夏

衝突事故

 ある晴れた日曜の昼下がりのこと、大輝だいきは街中で車を走らせていた。

 景色を見たり、街ゆく人に挨拶をしたり、休日のドライブをのんびりと謳歌していた。

 ところが、大輝の車が工事現場の付近にさしかかった頃、事故は起こった。立て看板の向こうから、対向車が突然現れ、正面衝突してしまったのだ。

 大輝は激怒した。

「おい、何やってるんだ!」

「ごめんなさい」

 相手はオドオドした女だ。大輝のもっとも嫌いなタイプだった。

「ごめんで済むわけないだろ! 見ろよ、傷がついたんだぞ!」

「看板で見えなくて……」

「そんなの言い訳になるか! お前が逆走してきたんだぞ! そもそも普通、こういう場所なら徐行するだろ!」

「ゆっくり走ってたつもりなんだけど」

 あくまで言い訳を続ける女に、大輝のイライラは限界寸前だった。

「まあまあ、その辺にしときな」

 二人の間に工事現場の監督とおぼしき、年配の作業員が割って入った。

「おじさんからも言ってやってくれよ! こいつが交通違反だって!」

「おいおい、女の子にそんなきつい言い方はねえだろ。失敗は誰にでもあるんだから、許してやんなよ」

「女だからとか関係ないだろ! なあおじさん、警察呼んでくれよ!」

 大輝はその日に限ってスマホを持っていなかったので、おじさんに通報を要請した。しかし、おじさんはヘラヘラと笑うばかりで、一向に動こうとしない。

 警察の名が出て怯えたのか、相手の女はすすり泣き始めた。そしてこれらの騒ぎを聞きつけて、人だかりができ始めた。

 すると、人だかりの中から、よく見知った人物が走り出てきた。

「あらあら、まあまあ、大ちゃんったらどうしたの」

「母さん!」

「あらまあ、女の子を泣かせちゃって。ダメじゃないの、大ちゃん」

「だって、あいつが正面衝突してきたんだぞ!」

「うちの子がごめんなさいねえ、よく言って聞かせますから。もう泣かないでね」

「あいつが悪いのに、どうしてこっちが謝るんだよ!」

「大ちゃん、いい加減にしなさい」

 すると、相手の女側の母親もやってきた。

「うちの子がすみません……」

「いえいえ、良いんですよ。子ども同士のことですから」

「でも、お宅のお子さんの大事な三輪車に傷をつけてしまって……」

「お互い様ですよ。こちらこそ、ご迷惑をおかけしまして。うちの子、変に口達者で困ってるんですよ。さ、もう帰るわよ、大ちゃん」

「待ってくれよ、母さん!」

「あんまり駄々こねると、キッズスマホお預けにするわよ」

 大輝の母親は、有無を言わさず大輝の手を引き、少々傷のついたに乗せ、連れ帰った。

 もう一人の母親も、女の子の涙をぬぐった後、同じように桃色の三輪車に乗せて帰っていった。

 その光景を眺めながら、現場監督のおじさんが苦笑いした。

「やれやれ、今どきのは厳しいねえ」

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衝突事故 十夏 @toka756

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