【第一章】星の香り 2
「ごちそうさまでした」
ちゃぶ台の上、互いに空の食器を並べる。向かい合って座る彼女——
「ありがとね、
「別に。いつも水夜岐が作ってるから、こんな日があってもいいだろ」
背中を丸め、顔を隠している。ショートの銀色の前髪から、赤と黄の瞳が、上目遣いで見える。
「……うまかったか?」
「うん。もちろん」
私とはまた違った味の味噌汁に、ほのかに違う香りの白ご飯。生まれも育ちも異なる、私と狼月の違いなのだろうか。 だけどほんの少しだけ、「私」の好きな味がした。気のせいかもしれないけど、ほんの少しだけ。
「そうか」
言葉が思考を遮った。
「それで、体調は大丈夫なのか?」
「体調?」
「今朝うなされてたからさ、心配で」
突然の問いかけにたじろぐ。そこまで疲れている素振りをみせていないのに。
「あー、ちょっと怖い夢みたからかも」
「……そうか。夢なら、よかった」
そう言うと狼ちゃんは立ち上がり、背伸びをする。
「俺が作ったんだから、洗い物よろしく」
「はいはい。やっとくね」
私の言葉を待たずして、姿は消えていた。
◇
最近、夢を見る。
洞窟の迷宮を彷徨う夢。夢の中で夢を見て、その夢で夢を見る夢。水に潜って光る水面を眺める夢。そして、夜が更けた神社を彷徨う夢、など。状況、時間、場所は様々なのだが、一つ共通していることがある。
「私」が操り人形であるかのように、自らの死を、強く希っているのだ。現実ではそんなこと、一瞬たりとも思っていないのに。死にたい。消えてしまいたい。そんな感情が溢れかえっていた。
今朝だってそうだ。見た夢は、夜の神社で、一人静かに横たわる夢。何を意味しているのか、なんでこんな夢を見るのか分からない。一つだけ分かることといえば、日に日に身体の重さが重くなることだけ。
不思議だと感じながら蛇口を閉め、布巾を手に取る。皿を手に取る腕が重い。
こんなこと、狼ちゃんには言えない。
言えない。
言いたくない。
けど……
「おーい、水夜岐」
突然の声に、身体がぴくりと震えた。焦点が合わない目で振り向くと、柱にもたれかかっていた犬耳の誰かと目が合う。
「なんだ、狼ちゃんか」
特徴的な外見に、安堵が身体に沁みる。よかった、狼ちゃんで。
「どうしたの?」
柱への寄りかかりを治し、一袋の包みを見せる。
「疲れてそうだから、水夜岐の好きな羊羹買ってきた」
「え、いいの! 一緒に食べよ!」
目が丸くなる。今までの悩みが無かったように、身体が軽くなる。うれしい。素直にうれしい。
気が付けば心躍る感情が身体を動かしている。こころなしか視界が明るくなる気がした。
のどかな川の見える縁側。心地よい風が吹く中で、狼ちゃんと一緒に抹茶味の羊羹を頬張る。
「んーおいし~ やっぱりここの羊羹おいしいよねー」
「うん。うまいな」
大きな羊羹を少しずつ咀嚼している。こちらを見ない狼ちゃんの表情は、どこか緩んでいる。
ふと、目があった。ルビーと琥珀を入れ込んだような、深く透き通る瞳と、ほのかに漂うシトラスの香り。魅惑的なそれによる力で視線を離せずにいた私に、軽く微笑む狼ちゃん。普段はあまり笑わない彼女であるからこそ、ひときわ目立つその笑顔。心の底から、あたたかな感情が湧き上がり満たす。
ありがとね
口に出せないほどの感謝を、私はいっぱいの笑顔で返した。
project史縫 月夜崎 雨 @ame_tsukuyozaki
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