凄いものを読んでしまった。カクヨムのミステリカテゴリは、ゴリゴリの本格(モキュメンタリーもこの中に入る)が僅かにあるほかはジャンル混合型が多いと思っていたのだが、本作は文芸系ミステリとでも言おうか。骨太のテーマをど真ん中に据えた青春ミステリである。
テーマは「うそつき」。冒頭から嘘で塗り固めた学校生活どころか家庭生活をも送る主人公が、自分の「ほんもの」を出せる場は二つだけ。一つは小説を書くことで、もう一つは小学生からの無二の親友の前で。ところが小説は誹謗中傷で、親友は「自殺」で、共に失うことになる。主人公はどうしても親友の「自殺」を受け入れられず、「彼の幽霊を見た」と嘘をつくことで、「自殺」の真相を炙り出そうとする。自ら真相を知るために動くのではなく、単に嘘をばら撒くことで答えが自分のもとにやってこないかと期待する態度は、物語の中盤で主人公自ら「結局自分は何もしていない」と否定する。彼が書いてネットでは否定された「埋火」という小説は、人は生まれ落ちた時から「偽の名札」を首にかけて生まれるというものだ。だがその作中で灰の下で静かに燃え続ける埋火が、やがてその名札を焼き偽りを燃やし尽くして「ほんとう」を知るための篝火となる。主人公はその小説に込めた自分の思いを夢の中で幻視し、それをきっかけとして「ほんとう」を知るために前に歩くことを決意する。本作の中盤におけるクライマックスだ。まだ中盤なのだが、評者はここが一番好きだったりする。
物語はこのあと、親友の死の真実が明らかになっていくが、その過程でも作中人物たちの創作物が重要な鍵を握る。物語とはそもそも嘘であり、創作者とは「うそつき」である。さらに自分を守るための「うそつき」、自分が優位に立つための「うそつき」、自らの卑劣な行為を隠す「うそつき」。様々な「うそつき」が織物の糸ように絡み合い、最後には一つの絵を描いてみせる。作者の構成力には舌を巻くばかりである。中盤以降の展開はぜひご自身の目で確かめてほしい。超おすすめ。
松虫が鳴く頃、親友が死んだ。
亡くなったのは鈴懸幸仁(ゆきひと)。道兼周(あまね)の親友であり、彼の唯一の「ほんとう」を知る人物だ。
幸仁の下駄箱には遺書が残されていた。だが幸仁の「ほんとう」を知る周はその死に疑問を覚え、真相を探るために「うそ」をつく。
この作品で語られるテーマは「うそ」と「ほんとう」です。
勿論そこにはミステリー作品として、隠された真実を明るみに出していくという意味もありますが、この作品では同時に「学校」という集団生活における「うそ」と「ほんとう」も巧みに描き出しています。
嘘をつくのは悪いこととされていますが、自分や大切な人の身を守るためにも時には嘘をつくことは必要でしょう。特に学校というのは特殊で閉鎖的な空間であり、群れから外れないように誰しもが本当の自分を嘘で隠して生きています。
主人公の周も、その生い立ちから周囲に嘘をつかなければいけませんでした。そんな彼が唯一の本当の自分を見せることができたのが親友の幸仁。大切な親友を失った周は絶望しますが、同時に幸仁の本当の姿を知っている周だからこそ、真実を追い求めることができたのでしょう。
この作品には様々な「うそ」が出てきます。
学校生活。親子関係。いじめ。そして親友の死。
ミステリー作品として「うそ」で塗り固められた現実から「ほんとう」の真実が明らかになっていく怒涛の展開は圧巻。同時に、周自身も少しずつ嘘つきの彼から本当の自分へと変わっていきます。
この作品はミステリーであると同時に文学的な側面も強く、一般文芸として読み応えのある物語がお好きな方にも強くお勧めできる作品だと思います。
美しく確かな筆力で描き出される情景描写と心情描写。松虫の鳴き声に浸りながら、「うそ」に隠された「ほんとう」の真実に辿り着いてください。
主人公の周には一人の親友がいました。その死から物語は始まります。
嘘で繋がり、嘘に守られた二人の関係。
友の自死を否定し、真相を追い求めてまた周は嘘をつきました。
それによって、残酷な学校の有り様、自分本位の悪意と直面していきます。
嘘は誰もがつくもの。自分の為、誰かの為、守る為。使い方次第では優しく温かい気持ちにもなりますが、他人の魂を残酷に傷つける事もあります。その境を越えてしまうのは、どんな人間でしょうか。
心地良い人間の優しさも、生々しい人間の欲や悪意も、美しい文章が繊細に描いています。
りんりんと鳴く松虫の声のような爽やかさが待つラストを、見届けてみませんか。
『うそつき』と『ほんとう』、言い換えれば善悪にも通じる言葉は親友の自殺という死から始まりを告げる。
死は時に誰かの話題の種にもなり、ともすれば何かを変えると思われるような衝撃的なものだ。
その死を自殺を信じていないのは主人公である周だ。
彼は嘘を吐き『うそつき』になることで親友の死の真相を暴いていこうとする。
しかし、彼の『うそつき』は人を貶める嘘ではない。隠さねばならないもの、そうして誰かの為に彼は嘘を吐く。
周という人物は一貫した目的の為に優しさ故の自己嫌悪に苛まれることがあるが、そうした周だからこそ、見守るこちらもはらはらとしてしまうのだ。
嘘は悪にもなるが善にもなりうる。そして善は容易く悪に転じることもある。善悪の曖昧さと不確かさをこの物語は静かに淡々と告げるように書く。
最後に物語はそれぞれの『うそつき』から『ほんとう』へと着地する。
この物語は、松虫が鳴く。りんりんと鳴く松虫の物語だ。優しい優しい『うそつき』の物語でもある。
どうか、それぞれの『うそつき』と『ほんとう』を最後まで見届けて欲しい。
そうして私は再び、『うそつき』と『ほんとう』の物語へと思いを馳せる。