『イヤフォン』
青空みこと
第1話 一番のわからず屋
「一一え?あー、はいはい。分かりましたよ、シュンヤくんって人に、ごめんなさいと伝えたらいいんですね。」
そこまで話して、一ノ瀬里久(いちのせ りく)は相手の話を遮るようにイヤフォンを外した。そして、肺から全ての嫌なことを吐き出すよう、に深くため息をついた。
ああいった類いの、いわゆる「願い事」は、良くされるものの、自分には関係ないと里久は思っていた。
(このイヤフォンして、幽霊の声聞いて、カウンセリング?未だに意味がわからない。)
里久は、真っ赤なイヤフォンを無造作にカバンに突っ込んだ。
このイヤフォンは、骨董屋を営んでいる父親から半強制的に渡されたものだった。
出処は、教えて貰えなかったところから見るに、ろくなものでは無いのだろう。
おまけに「お前の運命はこれで決まる。」という、意味のわからないセリフまでついて。
(胡散臭いの塊なんだけど、幽霊の声は聞こえるし、会話もできるんだよな。)
仕組みも何もかも分からない。
そもそも、里久は霊感らしいものもなく、幽霊は信じない派だ。なのに、このイヤフォンをすると、今は亡き人の声が聞こえる。
最初こそ、手品か何かを疑った。
だが、聞こえるならば、と言う父親の勧めもあり、今では、亡くなった人間の執着や後悔、願いを聞いて幽霊の心を解す、と言うことをしている。
霊感がある訳では無いから、里久には霊が見えている訳でもないし、除霊できる訳でもない。
だから、里久自身は、死者を冒涜するとわかっていながら、皮肉を込めて『幽霊へのカウンセリング』と呼んでいた。
(アホくさ。)
イヤフォンを渡されたのは、きっと、家にひきこもっていたからだろうと、里久は解釈していた。
里久は、大学を三年生で辞めた。親には相談しなかった。
そのあとは、バイトや就活をすることもなければ、人と関わるようなこともなかった。
その自堕落な生活の最中に、イヤフォンは渡されたのだ。
「これを使っているうちは、実家に置いてやる。ただし、毎日使え。」
それが、ニートでいるための絶対的な条件だった。
「ただいま。」
里久が、家に帰ってくるのは大体、日のあるうちだ。前にイヤフォンを付けたまま夜に出歩いていたことがあった。
そのとき、多くの声を拾ってしまい、霊が見えないとはいえ気味悪さを覚えた。だから、日のあるうちに、現状を分かっている家に帰ってくることにしているのだ。
里久は、家に帰るとすぐ部屋にとじこもる。
夕食は、家業が骨董屋と商売のためか家族が揃うことはまず無い。
「ま、イヤフォンを使えば半永久的住めるんだからいいけど。」
里久は帰るなり、スマホをベッドに投げ、自分もベッドに転がった。
いつもの流れで、オープンチャットを覗きに行く。
ここには、嘘か誠か、本心か嘘か分からない言葉が並んでいる。
里久が運用しているオープンチャットは、『幽霊専用カウンセリング』だ。
捻りがないと言われるかもしれない。他のオープンチャットには、「神秘」だとか「元巫女」だとか、キラキラ着飾った言葉が使われている。
里久は、そのオープンチャットには見向きもせず、自分のオープンチャットを開けば、大した数ではないが、ちらほら言葉が並ぶ。
中には冷やかしなのでは、とも取れる言葉もあるが、里久はその中に気になる書き込みを見つけた。
〈誰かが店にいるような気がしている。
不快だったり、恐怖は無いが、
何か心残りがあるなら、花を添えたい。〉
そう書かれていた。
「へぇ、ありがた迷惑そう。」
見えない向こう側の相手に口元だけで乾いた笑みを浮かべて見せた。
オープンチャットとは言いながらも、プライベートな内容が多いだけに、里久が気になった相手にだけ、個別で返信している。
電話は面倒だから、かけることは稀だ。
そもそも、電話してくるようなやつの依頼は受けない。
「んー、経営してる店にいるような気がする、か。」
オープンチャットでは、ライターと名乗っているその男性の、いかにも愛情慈悲深く、いかにも真面目で、いかにも人間らしい情に振り回されているのが里久には、可笑しかった。
一一少し、からかったら面白いかもしれない。
そう思った里久は、ライターとコンタクトをとることにした。
オープンチャットから、個別チャットのページに移行する。
「こんばんは」
「カウンセリングの先生ですか?」
相手から返ってきた言葉を里久は相手にしていないかのように、小さく鼻で笑う。
慈善活動のようにしている里久の行動は、普通「先生」と呼ばれれば、満更でもないか高揚感に包まれる者も多いと思う。
だが、家にいるためにやっているだけに過ぎない里久にとって、こんなことを信じて藁おも掴む思いでオープンチャットにやってくる人間を完全に見下していた。
「堅苦しいのは飽き飽きなので。先生なんて呼ばないでください。里久で。」
「では、里久さん。概要はお伝えした通りです。」
里久は、最初からライターと名乗る人物に対して、興味も同情もなかった。
バカ真面目に自分に話をしてくるあたりがな里久には、可笑しくて可笑しくて仕方がなかった。
「お店の方に、何か気配などの感じるのですか?」
その言葉は明らかな霊能者のような言葉だった。
聞くことしか出来ないと、伝えていても、こういう態度が手っ取り早い。
相手にイメージとの差異がないため、理解されやすい。
「はい。でも、幽霊のイメージのような暗い印象ではないんです。じんわりと温かさが伝わってくるような。」
「なるほど。ライターさんには、温かみが伝わってきているのですね。」
素早いフリップ入力で、個別チャットに返事をしているものの、里久の顔は完全に「無」だった。なんなら、ひいていた。
一応、幽霊カウンセリングを名乗っている以上、見様見真似で始めたカウンセリングの先生も、チャットと言う文字の上だけなら、何とか体裁は保てる。
場所もそれほど離れていないことがわかると、明日の昼間、訪れることを了承した。
ライターは、「ありがとうございます。」とのあとに、言葉を続けた。
「こんなこと話して伝わるかは分かりませんが"貴方なら分かってくれる"と思ったんです。明日はよろしくお願いします。」
そこで、里久は、スマホを足元に投げた。
馬鹿馬鹿しい、と。
ライターという、分かってくれると言うのは、自分の何を見てそう言ってきたのだろうと、呆れを通り越して失笑である。
(申し訳なさそうにあるレビューと、俺とのチャットだけで何が分かるのかね……変なやつ。)
里久はハッと笑い飛ばすと、夕食を摂るために、のっそりと立ち上がった。
一一霊の方がいいんじゃね?少なくても衣食住は困らないわけだし一
そんなバチが当たるようなことを考えながら、里久はリビングに向かうため、階段を降りていった。
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