第6話 夜の図書館と“封印記録”

その夜。

星導のアカデミアの図書館は、学生に広く開放されていたが、日没を過ぎると“研究者専用棟”へは立ち入りが制限される。

だが、ユウリは迷わずその“禁止区域”に足を踏み入れようとしていた。


(第七塔……記録は消されている。でも、完全に消せるわけがない)


彼が向かっているのは、図書館の地下にある“旧記録室”。

かつて魔導学の基礎が記されていた場所で、今では立入禁止となっている。


「……やっぱり、来たわね」


背後から、凛とした声が響いた。振り返ると、セリア・アルフォードが立っていた。


「セリア先輩……なんでここに?」


「君が来ると思っていたからよ。初日の授業で“第七塔”に反応したの、君だけだったもの」


「それじゃ……」


「手伝わせて。あなた一人じゃ、結界も越えられないでしょ?」


セリアは指をひと振りすると、扉にかかっていた封魔の印が淡く光り、解けていく。


「……すごい」


「私、記録魔法科所属だから。これくらいできなきゃ、困るのよ」


階段を降りる二人の先には、埃にまみれた書棚が無数に広がっていた。


(ここが……旧記録室)


「手分けして探しましょう。キーワードは“第七塔”、それと“封印”」


二人は、黙々と書物をめくる。

やがて、ユウリの手が止まる。一冊の、表紙が焦げた古文書。それは、記憶の中で見たものと一致していた。


「……あった。これだ」


そのときだった。


「――おい、そこまでだ」


唐突な声と共に、魔力の気配が揺れた。

現れたのは、カイ=ロズベルグ。


「なんでお前が……!」


「お前ら、何してるかバレバレだよ。監視結界の感知範囲くらい、少しは学んでから来いっての」


そう言いつつ、カイは苦笑する。


「でも、俺も興味あったんだ。“第七塔”ってやつ。……記録にないのに、確かに存在してたって噂だけが残ってる」


「じゃあ、止めに来たんじゃないのか?」


「バカ。俺はそんな“正義の味方”じゃねぇよ。ただ……お前、面白い奴だなって思っただけ」


カイは懐から、もう一冊の書を差し出す。


「これ、あったぞ。“封印術式・失敗例”ってやつ。多分、同じ系統だ」


セリアも、目を見開いた。


「それ……禁書級の魔法理論……なぜ、あなたが……」


「昔ちょっとな、親父が研究者で……俺も、ガキの頃は魔導書漁るの好きだったんだよ」


そう言ってカイは、そっぽを向く。


「……とにかく、お前がそれで何を探そうが興味ないけどな。俺の邪魔だけはするなよ、ユウリ」


そして、彼はすっと闇の中へと消えていった。


「……あいつ、不器用だけど、本当に悪いやつじゃないかもな」


「ええ。……でも、巻き込まれたくないタイプではあるわね」


ユウリは笑いながら、本を鞄にしまう。

そのページには、こう記されていた。


『第七塔、世界境界の監視に失敗す。よって記録を封印。

接触した者は、因果律の干渉を受け、記憶を喪失する可能性あり』

(やっぱり……俺の記憶、ここにある)


記録はすべてを語らない。だが、そこには確かに“鍵”があった。

彼の過去と、この学園の未来をつなぐ鍵が。


そして、その夜。図書館の最奥で、誰にも知られずに開かれたもう一つの扉――

闇の奥から、一対の瞳が静かに目を開いた。

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