第5話 消された記録と、第一の授業

朝の講義前。

中央棟にある大教室には、続々と新入生が集まっていた。


ユウリが教室のドアをくぐったその時――


「うわっ、前見て歩けよ、低魔力!」


ドンッと肩をぶつけられる。

やや乱れた制服姿で立っていたのは、銀の髪に赤い目をした痩せ型の少年だった。

口元には悪戯な笑みが浮かんでいる。


「……俺がぶつかったんじゃない。お前がわざとやったろ」


「へぇ、口は達者なんだな。俺はカイ=ロズベルグ。“魔法偏重主義”の落ちこぼれだ。ま、よろしくな、“無能”。」


挑発的な態度を取るカイ。周囲の生徒が小さくざわめく。


「またあいつか……」「カイって、去年の編入組だろ?」「よく放校にならないな……」


ユウリはひとまず黙ってその場を離れ、空いている席に座る。


すると、隣の席に勢いよく飛び込んできた元気な少年が話しかけてきた。


「いやー、朝から相変わらずだな、カイは! 気にすんな、あいつ“構ってちゃん”だから」


「君は……?」


「レオン・バルクレイ! 一年魔法剣科! なんか君、昨日暴走魔法止めたって噂になってるぜ? すげーな!」


「ユウリ・クレイン。……その件は偶然が重なっただけだよ」


「あはは、そういうとこ真面目だな~。おれは直感と剣が取り柄! よろしくだぜ!」


その直後、講義が始まる。

登壇したのは、銀髪と琥珀の瞳を持つ壮年の男――ミルト・グラン=サリウス教授。


「よく集まった、新入生諸君。これより“魔法基礎理論”の授業を開始する」


重く、静かな声が教室を包む。


「魔法とは――奇跡ではない。世界を構築する“法則”の再構成だ。それを忘れるな」


その言葉に、ユウリは心をざわめかせた。


(“再構成”……あのときも、崩れた魔法陣は――まるで世界が壊れかけていたようだった)


授業が進む中、ある言葉がユウリの耳に引っかかった。


「この学園には七つの魔導塔がある。だが“第七塔”のみは、記録から消されている。理由は――不明」


その瞬間、記憶の底が揺れる。


瓦礫、焼けた塔、そして封印の文字。

“第七塔”――ユウリにとってそれは、過去と現在をつなぐ鍵だ。


***


授業後、レオンに誘われて学園食堂へ向かう道中。


ひとり、窓辺でハープを奏でる少女を見つける。

淡い緑髪と、琥珀の瞳を持つ彼女は、音に包まれるように佇んでいた。


「……綺麗な音だな」


「ありがとう。演奏科の、ノエル・アーデルヴァイン。少しだけ、癒しの魔法も使えるの」


「ユウリ・クレイン。……音楽、嫌いじゃないよ」


「ふふ……また、聴いてくれる?」


小さな微笑みに、ほんの少し胸が温かくなる。


だがその帰り際、またもや現れる影。


「ほう、ハーピストのお嬢様と談笑か。魔法も使えないくせに、人気者だな?」


カイ=ロズベルグが、壁に背を預けてニヤリと笑う。


「カイ、また君か」


「俺はな、魔力量はある。だが制御が壊滅的だってさ。講師連中も匙を投げた。……でもな、“使い道”ってのは色々あるんだぜ?」


その瞳には、どこか切実な渇望があった。

孤立と反抗。その奥に、何か別のものが隠れている気がして、ユウリは目を逸らさなかった。

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