みんなの卒業式

◇◆◇

 放課後の教室はひどく静かだった。私は一人、ぼんやりと机の群れを見つめる。


「……今日で皆ともお別れか」


 柄に似合わず、そんなセリフが口をついて出た。


 明かりのついていない空間は、夕方という時間帯のせいか、灰色のフィルターをがかかっているように目に映る。黒板にカラフルな字で書かれた祝卒業という文字。さっきまで人が座っていたかのように椅子がひかれた席。誰かが落としていった卒業生用の赤い花のコサージュ。

 窓ガラス越しには、校庭の咲きかけの桜が見えた。

 外からは、卒業式を終えた皆の声が聞こえる。友人同士で写真を撮ったり、寄せ書きをしあったりしているのだろうか。明るく高い声が響いている。


「……私は静かな教室のほうが好きだけどね」


 誰もいないことを言いことに、そう呟いてみる。確かに皆でワイワイするのも楽しそうだけど、私は思い出の詰まったこの場所に少しでも長くいたいと思った。灰色でも、皆が来なくてもいい。

 私はここが好きなのだ。


 思えばあっという間の三年間だった。運動音痴のわりに頑張った体育祭、クラスの皆と準備した文化祭――そういえばお化け屋敷をやったんだっけ。幽霊役でお客さんを脅かすの楽しかったなあ。

 修学旅行は広島県まで行ったんだよね。あ、いや、私は確かインフルエンザで行けなかったんだ。残念だったな。高校三年生になってからは受験一本だったけど、皆と切磋琢磨しながら勉強に励んだ。全部、忘れたくない思い出。


「皆、これからどこ行くんだろう」


 教室で何人かが話しているのを聞いた。クラスの学級委員の山口さんは京都の大学に行くんだって。あとは留学する人もいるって言ってた。クラスの大半は都内の大学に進学するみたいだけど、遠くに行ってしまう人は、本当に遠くに行ってしまうのだ。


「今度、皆にはいつ会えるんだろう」

 同窓会、いや、成人式だろうか。今は成人式とか言わないのか、二十歳の集い……だっけ。

 まあいいけど、皆にまた会える機会はまだある。ちょっと寂しいけど、少しの我慢だ。


「じゃあ、私もそろそろ……」


 外にいる皆と合流しよう。卒業式後にご飯とか行くかもしれないし。

 そう思って、私はドアを開けて廊下へ出ようとした――が。


 ガン!


 まるでそこに透明な壁があるかのように、私の行く先を阻んだ。


「え?」


 私はもう一度、廊下へ歩く。しかし、またガンっという鈍い音がして、ぶつかった額に痛みが走った。

 なんで、どうして出られないの……?


 その疑問を頭に思い浮かべた瞬間、ふと三年前のことを思い出した。三年前も、同じようなことをしなかっただろうか。


 ――そうだ。私はすべてを思い出した。

 私は三年前にも卒業した。そして、同じようにこの灰色の教室で過ごして、同じように外へ出られなかった。

 それもそのはず、私はこの三年二組の教室に縛り付けられた「地縛霊」なのだ。


 三十年ほど前からずっと――ずっと、ずっと。


 この教室でしか生きられなくて、この教室から出られなくて。入れ替わる「三年二組」の皆といろんな行事をやったり授業を受けたりしているけれど、結局私だけが卒業できない呪い。


 なーんだ、また勘違いしちゃった。


 皆は今日でこの高校とはおさらばだけど、私はただ「皆とおさらば」するだけなのだ。そしてまた記憶をなくして、まるでこのクラスの一員かのように一年間を過ごすのだ。


 教室と廊下を隔てる透明な壁に触れながら、私は灰色の床に崩れ落ちる。

 そして幾度言ったかわからない言葉を口にした。


「皆、卒業おめでとう」




 ――Fin.

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みんなの卒業式 @lavender_518

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