事故の痛みと友情

白椿

事故の痛みと友情

高山大樹は明るい性格で周りの教員仲間たちから愛されている。大樹の同僚である影本玲人は一切心を開く様子はないが。それは玲人の元の人見知りな性格もそうだが、大樹と玲人の間には少々関係に溝ができていた。そのこともあり玲人は大樹と話すことは愚か、目を合わせようとすらしないのだ。そんな玲人の無愛想な態度に大樹は傷つきながらも毎日を送っていた。そんなある日、いつものように大樹が職場へ出勤しようとしていた時のこと。横断歩道を渡ろうとした時向こうから車のクラクションが大きく鳴る音が聞こえた。気がついた時には時既に遅し。居眠り運転の車が大樹を跳ね飛ばしてしまった。宙を舞った大樹の体はそのまま地面に打ち付けられる。あまりの痛みに大樹は思わず声を上げた。

『いってぇ....!』

上手く受け身を取ったことで頭部を強打したことによる即死は幸いにも免れたが、腕と足に強い痛みが走り、大樹は動けなくなった。そしてその痛みで大樹の意識は闇の中へと落ちてしまったのだった。

それから数分後。就業時刻になっても職場へ姿を表さない大樹を心配した校長が大樹のスマホは電話をかけたが、電話は繋がらなかった。そわそわしている様子の校長に玲人が話しかける。

『校長先生、どうかされましたか?』

『高山君に電話をかけたんだけど繋がらないんだよ。何があったのやら....』

『高山がですか...分かりました、私の方からも電話を掛けてみます』

表面上は冷静に振る舞う玲人であったが、内心はソワソワとした気分で落ち着けなかった。いつも誰よりも早く出勤している大樹が寝坊するとは考え難い。そうなると、大樹の身に何か起こっているのだろう。どうか杞憂であって欲しい。そう思い玲人は大樹のスマホへ電話を掛けたが、結果は先ほどと全く一緒であった。玲人は気分がどうにも落ち着かず苛つきを覚えていた。それでも必死に仕事へ集中しようとしたが、大樹と玲人の後輩である数学教員の影山麗華がこのような一言を放った。

『高山先生、どうやら交通事故に遭われたみたいで....』

『....!』

玲人は驚きと不安から居ても立ってもいられなくなり、校長への事情説明もそこそこに学園を飛び出した。

息を切らしながら大樹の運ばれた病院の病室へ入れば、ベッドに寝かされて酸素マスクをつけられた親友の見るも痛々しい姿がそこにあった。見舞いに買ってきたゼリーの一つを大樹の前にあるテーブルに置くと、玲人はハアハアと荒い息を繰り返しながら椅子に座り込んだ。肺を患っていることもあり激しい運動をしたことはなかったにも関わらず、つい急いでしまったため、息苦しさが玲人を襲った。幸い今日は肺の持病の発作が出なかったため良かったが、もし体調が優れていなければ自身も危険な目に遭ってしまうところだったのだ。

『....こんな時まで人様に迷惑をかけるな...馬鹿』

玲人は胸に溜まっていた苛立ちを軽く吐いた後、大樹をじっと見つめた。普段は苦手でしかない同僚。しかし、このようにベッドにぐったりとするような痛々しい光景を目の当たりにしてしまうと、何とも複雑な気持ちになる。

『また見舞いに来るからな。...死ぬなよ』

玲人はそう言い残すと、少し名残惜しさを感じながら病室を出た。それから自宅へ帰った玲人だったが、その日は気持ちが落ち着かず熟睡することができなかった。そうして若干寝不足なコンディションで迎えた翌日。驚くべきことが起こるのだが、この時玲人はそのことを知る由もなかった。

授業を終えて職員室に戻った玲人は相変わらず大樹の容体の件が心配になり、ため息を何度か吐いてしまっていた。

一方その頃。病院では大樹が病室のベッドで目を覚ました。

『やっべ、遅刻だ!急いで準備して行かなきゃ....ぐっ!!』

ベッドから勢いよく起きあがろうとしたため、事故で怪我した腕と足が強く痛んだ。

『そうだ、俺....昨日車に撥ねられてそれで....って、そんなことどうでも良いんだよ!....っていうか、絶対このゼリー差し入れしたの影本だろ....俺がゼリー大好物だって職場の人間には誰にも言ってねぇんだから。本当はリハビリしなきゃいけないんだろうけど、影本に礼も言わなきゃいけないし、それにあいつ何だかんだ心配性だから、俺のこと心配してるだろ』

そう独り言のように呟き、大樹は痛む体に鞭を打つと松葉杖を支えにしながら病院を後にした。病院から学園へはそう遠くないはずなのに、満身創痍の体の大樹にはこの道のりが果てしなく長く感じられた。無理に歩いたため、傷は痛み体が思うようにいうことを聞いてくれない。それでも決死の思いで必死に歩き続けた末に大樹は学園へと着いた。夕方頃は大抵玲人は職員室で仕事をしているため、職員室に向かった大樹だったが、そこに玲人の姿はなかった。

『いないのかよ....うっ、いてて....』無理をしていた体がついに悲鳴を上げ、大樹は職員室を出て角を曲がってしばらく歩いたところにある化学準備室の前で力尽いて床に倒れ込んだ。本来なら安静にしていなければならないほどの大怪我だったため、無理に体を動かしてしまった以上、余力はもう残っていなかった。大樹の意識が落ちそうになりかけたその時。廊下から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。足音の正体は玲人だった。玲人は大樹の存在に気がつくと、驚きが隠せない様子でこちらをまじまじと見た。

『あ、影本....っ』

倒れた体を必死に起こし玲人の方へ歩いていこうとするとそれよりも前に玲人が持っていた教科書をバンッと床に置いて大樹の元へ駆け寄り大樹をぎゅっと抱きしめた。何も言わずに、寡黙に。しばらく沈黙が続いた後その沈黙は玲人が先に破った。

『満身創痍の体で無理に動くな馬鹿!!!!!』

普段は口数が少なくクールな玲人が珍しく大声で怒鳴った。

『....ごめん』

玲人の優しさに嬉しさを感じながらもこうも怒られてしまうと気が落ち込んでしまう大樹である。喜びと申し訳なさが複雑に絡み、大樹は涙を堪えて玲人に謝った。

『....なぜこんな無茶をしたんだ』

先ほどよりも抱きしめる力を強めて、玲人が問いかけた。声は静かだったが、玲人が泣きそうになるのを堪えているのが僅かな声の震えで大樹には伝わっていた。

『お前に礼を言いたかったんだよ....見舞いのゼリー、くれたのはお前だろ?』

『...そのためにわざわざ....礼なんて言わなくて良かったのに』

玲人は嬉しいような呆れているような、そんな複雑な声色でそう言った。

『お前が良くても、俺が駄目なんだよ。礼を言わなきゃ気が済まない』

『礼など後で言っても良かっただろ....満身創痍の体で来られても正直困る。もうこういう真似はするな』

玲人は静かに、けれどはっきりとそう言った。

『だからごめんって言っただろ』

『お前という奴は、全く。....心配したんだぞ....大樹』

玲人は大樹を強く抱きしめた。玲人の腕の暖かさに触れた大樹は耐えられず涙を流した。

『何で....何でこんな時に限って名前で呼ぶんだよ!てっきりお前に嫌われたのかと思ってたんだぞ....!』

『....すまない、お前を嫌っていたわけじゃない。どう関われば良いのかが分からなかった....』

玲人は声を震わせ泣き始めた。そこからは2人とも泣きに泣き続けた。それから数分が経つと、玲人は大樹を抱きしめていた腕を離した。

『本当に意識が戻って良かった。よく....死の淵から戻ってきた』

玲人は大樹にそう言って安堵の笑みを見せた。

『心配かけてごめんな。ありがとう....玲人』

2人の間にできていた溝が埋まり、玲人と大樹の友情はより深まった。それを祝福するかのように、雲一つない夜空に満月が輝き、2人を見守っていた....

END


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事故の痛みと友情 白椿 @Yoshitune1721

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