すぐにスマホを壊す子

渡貫とゐち

毎週土曜日のあの子


 一週間に一度、スマホの修理をお願いしにやってくる子がいる。

 学生服の男の子。高校生だ。


 彼は毎週土曜日の午前中に店にきて――受付は私が担当している……同じ時間帯だから偶然だ。別に、この子が私を目当てにしているわけではない。

 なのでもちろん、わざと壊しているわけもないはず……だって修理もタダじゃないのだし。


 毎週毎週、「気を付けてくださいね」と言っても次の週にはスマホを壊してやってくる。申し訳なさそうに会釈をしながら。照れくさそうに。……深刻そうな表情ではないと分かったので、いじめられているわけではなさそうなのが救いだったけど……。


 仮にいじめられていたとして、私になにができるでもないけどね。


 無意識に、彼の事情を探るような視線になってしまうが、いけないいけない、プライバシーの侵害よね! と言い聞かせて目を逸らす。私が首を突っ込んでいいことじゃない。


「ご利用ありがとうございます。また、ですか?」

「またです……あの、すいません、今日もお願いします……」


「はい、承りました。

 では、この書類に個人情報の記入を――、ええと、一応、お願いできますか?」


 毎週のことなので、正直なところ彼のことはよく知っている。

 個人情報を覚えてしまっているのはよくないのだけど……これだけ多く見ていると覚えてしまうのも仕方ないだろう。


 目に焼き付けたわけでもないのに、脳裏に焼き付いてしまっているのだから不可抗力じゃない? ともかく、分かってはいるけど、それを理由に接客マニュアルをすっ飛ばすことはできないわけで、例外なく、お客様には記入をしてもらう必要がある。


 カウンターを挟んで向こう側。

 書類を記入をする学生さんを、ちら、と見ながら。


 ……手元で仕事をしながらも視線が彼の端々に向いてしまう。

 ……首元から見える白いインナーが、茶色く焼けてる? ペンを持つ指先も黒くなっていたり、小さな傷が多い。

 そしてなによりも、渡されたスマホの破損が酷かった。


 本体はやや湾曲し、末端が溶けていたり。

 軽く振ると中でカランカランとパーツが動いてるような音……、なにをどうやったらスマホがこんな風になるの?

 頑丈には作られているはずだから、軽微な傷、もしくは原型さえ留めていない破損か――で分かれるはずなんだけど……このスマホの壊れようは、異様なのだ。


 過激な動画撮影でもしているの?

 動画配信者は、過激になればなるほど再生数が増えるって言うし。


 だとしても、このスマホの壊れようは……、変だった。

 狙ってできる壊れ方じゃない。


 ……って、あまりじろじろ見ていいものじゃないね。

 彼の背景を探るのもよくない。

 こんなこと、一店員のすることじゃないのだから。



 あらためて、スマホを修理するために、破損状況を確認する。


 画面はバキバキに割れている。中のチップ等も粉々だ。修理、だけど、これはもう、データ移行して全て新品と取り換えた方が早いだろう。本体自体に思い入れがなければ、彼に提案する……同じことを提案するのもさて何度目だろうね?


 壊れたスマホを三百六十度、確認しながら……、うん、普通の壊れ方じゃない。


 人間が壊そうと思って、こうも絶妙な力加減で壊し切る寸前まで破損させられるものじゃないのだ――だって、ここまで破損していたらそもそも本体の原型なんて留めていないはず。


 なのに、だ。

 まるで首の皮一枚が繋がったみたいな状態だった。


 完全に壊れていそうで壊れていないのは、なぜだろう。


 ……あー、思考が偏ってくる。



「――あの、書きました」


「え、はい。ありがとうございます。あの……つかぬことを伺いますが……このスマホの状態なのですけど、完全に壊れた状態からご自分で復帰させましたか?」


「いえ? なにもしてませんけど……その、ポケットに入れたまま壊れたので、特になにかしたわけじゃなくて……」


「そうですか……ふうむ?」


「店員さん?」


 奇跡的に壊れなかっただけ、と言われてしまえばそれまでなんだけど……でもなー。一度ぐちゃぐちゃに壊れたけれども、たとえば、とある手段で回復させたことで絶妙な破損状態まで回帰した、と言われたら納得できる……できてしまう。


 それがしっくりきてしまえば、もうそれしか考えられなかった。


 あー、私もやっぱり、まだそっち側なのかもしれないわね。



 ――スマホはポケットの中にしまったまま。


 ――彼の服はほぼ直り、怪我も消えている。となると……ぴんときた。



「ではこのスマホ、お預かりしますね……

 修理が終わるまで、代用のスマホですが……こちらのスマホをお使いください」


「はい」


「ところで、学生さん。小声なので安心してください……(君、もしかしてする?)」


「!?」と、学生さんがぎょっとする。

 彼の口が、「なんで!?」と発しようとしていたので、人差し指を立てて、し、と。

 言った私も悪いけど、ここでする話じゃない。


 注目を浴びることは避けたいわ、お互いに、ね。


 小声なので、周りからは私たちが雑談をしているようにしか見えないだろう。

 書類を指差しながらなら、仕事の話だと誤魔化せる。

 ……カウンターの内側からの視線も気にしないといけないのだ。


 学生さんは私のことを警戒し、少しだけお尻を浮かせたみたいだけど……、


「勘違いしないでください……、私は、元、です。今はただのケータイショップ店員で、大学生――ですからね。

 よく気づきましたね、と言いたそうな顔をしていらっしゃるので、教えてあげますけど、怪我もなく、服もほとんど直っている……なのにスマホだけこんなに破損しているのは、、じゃないですか?」


 疑問形だけど、私も経験があるので答えはもう分かっている。

 回復の異能を服の上からかけたことで、ポケットの中に入っていたスマホは、中途半端に回復してしまったのだろうね。


 もしも、スマホを取り出して回復させていれば、新品同様になっていたはずだから――


 私も同じことをした。懐かしいなあ。


 早々に気づけた私は、スマホの修理を何度もお願いすることはなかった。

 まあ、何度も壊すほど無茶なことをしたわけじゃないけど。


「店員さん……何者なんですか……?」


「もう気づいているでしょう? 元異能者です。あなたがいま巻き込まれている異能バトルの卒業生、と思っていただければ。……まあ、OBとは言え、なにもアドバイスはできませんけどね。できるとしたら、スマホについて、ですかね――

 だって、私はケータイショップの店員ですから」


 新作のスマホをご紹介しましょうか? とパンフレットを渡す。


 学生さんは「いえ、結構です……」と。うーむ、勧誘失敗。


「また壊してももったいないんで……」


「無茶な立ち回り方をしなければ壊れませんよ。……って、口で言うのは簡単ですけどね。異能バトル、ですか……。巻き込まれてしまった以上はなかなか逃げられませんが、こんな私でも生き残った卒業生です――よいアドバイスをお送りしましょう」


 強者の余裕を見せられているかな?


 ふふふ、と怪しげな笑みを見せながら――彼に伝わるといいけれど。


 異能バトル。巻き込まれたことにうだうだと文句を言ったって仕方ない。愚痴をこぼせば抜け出せるの? 違う……巻き込まれ続けるだけだ。だったら――、方法はひとつ。

 なにより重要なのは自分のメンタルコントロールだ。


「楽しみなさい。愚痴を言ったってなにも楽しくないし、状況だって進展しないわ。私も、下を向くのはもうやめたの。前向きに、先を楽しむようにしたの――

 仕事も異能バトルも同じことよ。楽しんだ方が、長く続けられる――――心も折れないわ」


 だから、がんばって、とエールを送る。


 誰もが通る道ではないけれど。


 誰もが使える、苦難の道の進み方だ。




 ▼ おわり ▼

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すぐにスマホを壊す子 渡貫とゐち @josho

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