中編 森に制度がやってきた日
ある夜、フクロウはキツネのもとを訪ねた。
森の空気が、どこか変わり始めていたからだ。
「キツネ君、最近どうかね?」
「順調だよ。薬は大人気だ。もっと作ってくれって、みんなが言ってる」
「それがな……どうも必要以上に薬が求められている気がしてならないのだよ」
フクロウは静かに問いかけたが、キツネは眠たげに欠伸をして答えた。
「まあまあ。僕に任せて。フクロウさんは、薬を作るのに集中してくれればいい」
その夜、フクロウは薬を調合しようとした。
けれど、肝心の薬草が届いていなかった。
不思議に思い、薬草を育てていたヤマネの家を訪ねた。
ヤマネは居心地の悪そうな顔でこう言った。
「悪いねフクロウさん。薬草育ててても、銀貨がもらえないと生活が苦しいんだよ。だからもっと実入りのいい仕事に変えさせてもらったんだ。薬草が必要なら、銀貨で買ってくれ」
その言葉に、フクロウの胸にひやりとした予感が走った。
森に銀貨が流通し始めていた――しかも、それは“価値の低い”銀貨ばかりだった。
翌朝、薬を取りに来たキツネをフクロウは呼び止めた。
「キツネ君……森のあちこちで銀貨が出回っているらしいね。まさか、薬を人間に売ってはいまいね?」
「もちろん売ってるよ。みんな困ってるんだ。人間も、森の仲間も。必要なところに届けてるんだよ」
「……それは違う。私は困っている者のために、互いに支え合う森を願って薬を作ってきた。金銭で命の価値を測ってほしくない」
フクロウの目はまっすぐだった。だがキツネはもう、少しも動じなかった。
「なら、こうしようよ。薬草を育てる動物に給金を払おう。そして薬の原価に上乗せして販売する。それで供給量が増えれば、もっと大口の取引先も見つけられるかもしれない」
フクロウは顔を曇らせた。
「キツネ君……もうやめよう。森を金で満たすのではなく、互いの信頼で満たすんだ。私は君に、薬の作り方をすべて教えてもいいと思っている。いずれ君にこの仕事を継がせたいとも考えていたんだよ」
キツネの目が一瞬光った。
「ほんとう? ……それは素晴らしい。でも、今じゃない。いまは質のいい薬を量産することが先決なんだ。人間は、品質の変化にとても敏感だから。信頼を築くには、まず利益が必要なんだよ」
フクロウは、言葉が届かないことに気づき、深くため息をついた。
翌日、薬草は再び届いた。だが、それは以前とはまるで違っていた。
手入れも行き届かず、ただ“数”を満たすためだけに育てられた粗末な草だった。
それでも、フクロウは薬を作り続けた。
だがそれは、かつてのように癒す力をもたなかった。
キツネは苛立ち、フクロウに詰め寄った。
「どうしてこんな薬しか作れないんだよ。手を抜いてるのか? 苦しんでる動物を助けたくないのか?」
「……キツネ君。分かっているだろう。森のみんなは今や、街で人間に労働を決められ、働かないと食べられない。助け合いは失われ、銀貨を得ることが目的になってしまった。あれを見たまえ、そこに座っている動物たちは、仲間を奴隷に売ってどれだけ得をするか、計算しているのだよ……」
「フクロウさん、それは“現実”だよ。昔のぬるいやり方じゃ、もう森は立ち行かない。欲しいものがあるなら働く。より多く得たいなら努力する。それの何がいけないんだい?」
「……キツネ君。薬は、欲しいから買うものではない。必要な者に届けるものなのだ。森が森である限り、私はそれを続ける。だが、君が望む世界はもはや森ではない」
キツネは黙った。そして、静かに告げた。
「じゃあ……フクロウさんじゃなくて、ほかの誰かに頼むことにするよ。もっと安く、もっと大量に薬を作ってくれる、そんな“仕組み”をね」
フクロウは悲しげに目を伏せた。
「好きにするがいい。だが、森はいつでも戻る場所だ。私も、まだ諦めてはいないからね」
けれど、それ以来、キツネが戻ってくることはなかった。
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