フクロウの薬(短編寓話)

桶底

前編 森に銀貨がやってきた日

 森の奥深く、誰にも知られないようにして、小さな奇跡が続いていた。

 それは、夜の空を静かに舞う一羽のフクロウのおかげだった。


 彼は毎晩、病に苦しむ動物たちを探して森を巡り、自分で調合した薬を手渡しては看病を続けていた。

 その薬は不思議なほどよく効き、どんな病も癒すと言われていた。

 だが、誰もその秘密を知らなかった。彼が昼間は一切目を覚まさず、夜だけ働いていることすら。


 ある晩、キツネが熱にうなされて倒れていた。

 フクロウはひっそりと彼のもとに舞い降り、薬を与え、朝まで寄り添った。


 翌朝、熱の引いたキツネは深く頭を下げた。


 「助かったよ、フクロウさん。何かお礼がしたいんだ」


 フクロウは首を横に振った。


 「礼なんて必要ない。森ではお互いさまさ。……けれど、もし夜に眠れないことがあれば、私のもとへ来ておくれ。昼の出来事を話してくれると、私はうれしい」


 キツネは頷き、やがて提案した。


 「僕にも、何か手伝わせてほしい。昼間に病気の子を探して、フクロウさんに知らせるよ」


 フクロウは目を細め、こう答えた。


 「それはありがたい。私も少し、眠る時間が増えるかもしれないね」


 こうしてキツネは昼の森を巡り、病に苦しむ動物を見つけてはフクロウに報せるようになった。

 やがて薬の受け渡しも手伝うようになり、キツネは“薬を運ぶ者”として、森で知られる存在になっていった。

 森には小さな信頼の輪が広がり、フクロウの薬は多くの命を救い続けた。


 ある日、キツネが薬袋を提げて森を歩いていると、人間の商人と出くわした。


 「おや、珍しいものを持っているな。その薬、よく効くのかね?」


 「もちろん。フクロウ先生のお薬だ。どんな病にも効くよ」


 商人は顎を撫で、懐から小さな銀の円盤を取り出した。


 「一つ分けてくれないか。その代わり、これをあげよう。銀貨というものだ。人間の町では、これがあればいろいろと便利なんだ」


 キツネは少し迷ったが、薬をひとつ差し出し、銀貨を受け取った。

 その冷たい輝きが、なぜかキツネの胸をざわつかせた。


 数日後、別の人間が言った。


 「おい、キツネ。その銀貨、欲しいな。食べ物と交換してやろうか?」


 キツネはその取引に応じ、満足げに銀貨を見つめた。

 そして、あの商人がまた来ないかと、何度も森の入り口を見張るようになった。


 願いは叶った。


 商人は再び森に現れ、言った。


 「その袋、まるごとくれないか? 銀貨ならたくさん持ってきたぞ」


 キツネは迷った。けれど、銀貨の輝きはその迷いを押し流した。

 彼は袋いっぱいの薬と引き換えに、商人の手から銀貨を受け取った。


 その夜、ひとりのリスがキツネの元を訪れた。


 「ねえ、キツネさん。お薬、もらえないかな? 子供が熱を出していて……」


 キツネは肩をすくめて答えた。


 「悪いけど、今は手元にないんだ。人間たちが苦しんでるって聞いてさ。どうしてもっていうなら……銀貨を持ってきてくれないか?」


 それからというもの、森の動物たちもまた、銀貨を得ようと人間のもとへ足を運ぶようになった。

 森のあちこちで労働が生まれ、銀貨が飛び交い、薬のやりとりも“支払いありき”になっていった。


 昼の森はにぎやかになった。

 けれど、夜の森は……ずいぶんと静かになった。

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