真壁と小林
「午前七時。パチンコチェーン『エクサル』青柳三丁目店のエントランスにて、奇妙なものが発見される。素っ裸で、髪をむしり取られ、猿轡を嵌められ、手足を縛られ、股にカッターの持ち手を差し込まれて、M字開脚で放置された女の異様な姿だった。第一発見者はオープン準備をしていたバイトくん。最初は息がないと思ったそうだ。気持ちはわかるよね」
「不憫すぎるな、そいつ……。一生女抱けなくなるかもしれないぞ。その前に警備員が気づかなかったのか?」
「いちおう警備員は常駐しているけれど、深夜は店がしまっているから、ざっとしか見回っていなかったみたいだ。彼女を運び込むときに使った車が駐車場に停まっていたようだけど、それも夜遊びの仕業だと思って見過ごしたらしい。職務怠慢が生んだ悲劇だね。もう少し早く発見されていれば、彼女もあんなことにはならなかったかもしれない」
吉田麻衣子の供述だと、二十三時に『エクサル』が閉まって、スタッフが帰宅し終わった零時頃に彼女を置いたそうだ。それはつまり、中島瑞稀は約七時間、真っ暗な店の中で恥ずかしい格好で独りぼっちということ。彼女の孤独を思うと、小林は胃中の酒とイカが戻ってきそうだった。
そして警察が世につまびらかにしない理由が、よくわかる。あまりにむごたらしい。
「ちなみに田崎正志は一命を取り留めた。低階層から木の上に落ちただけから、カッターで刺したけれど致命傷には至らず、あとで吉田さんの手によって部屋に運び込まれた」
彼女からすれば男手の『心を』無力化するのが目的だった。下に木が生えているのも計算の上で、なんなら自分の足で上がれるぐらいには元気だから、女の力でも引っ張り上げられる。傀儡と同じだ。
「その場しのぎの手当てをして、手足を縛られ、猿轡をされて、大音量で音楽を流したヘッドホンをつけられて、押し入れに放り込まれているのを警察に保護されている。部屋で恋人をもてあそぶ様子を、彼に見せたくなかったんだろうね。吉田さんなりの優しさだろう」
「優しさ……」
小林の知る『優しさ』と同じニュアンスなのだろうか……?
現在田崎は薬物使用その他諸々でお縄、だが当たり前だが精神的ショックが大きく、更生どころの話に至っていないらしい。中島瑞稀のショックは比でなく、現在さまざまな罪状を抱えながらも精神病院で療養中だという。さらに性器にばい菌が大量に入って発症した病気の治療も並行しておこなわれているという。
「吉田はなんで中島を殺さなかったんだろう? あと、カッターの柄じゃなくて刃のほうを刺さなかったのはなんでだろう」
「君は怖いことを考えるね。いいかい。殺すことがゴールじゃないよ、小林くん?」
真壁はチッチッと指を振った。
「刃のほうを刺せば万が一致命傷になりかねない。吉田さんがやりたかったのは田崎と同じ、彼女の心を壊すことさ。柄を刺すだけなら、いうなれば異物挿入と同じだからね。多くのおったった男根より細いし……」
「おまえ……せっかく濁してたのに」
ハンサムならば何を言ってもいいと思っているのか。
「ごめん、ごめん。吉田さんは、心を壊してついでに体が壊れただけ、と言っていたらしいよ」
「ついで……」
どんな『ついで』だろう。『ついでに醤油買う』と同じニュアンスなのだろうか……?
小林は新しく届いたウーロンハイで喉を潤しながら、考えてみる。吉田麻衣子――どういう女なのだろう。相当ヤバい女であることはまず間違いないが、仕事仲間からの評判は上々らしいし、中島たちに言ったことも真っ当に思える。事件を起こす前に退職する気遣いもできるし、子どもからも好かれるし、こんなホラー映画じみたことを起こすタイプには思えないのだが。
「彼女は頭がいいよ。そして行動力が段違いで、ありえないほどに冷静だ」
真壁は小林の心中の疑問を察したように言う。
「僕が与えた情報を元に、それ以上の情報に自力でたどり着いた。店のナンバー1の名前も、専門学校のコンテストも、パチンコ店の警備員が不熱心なことも、裏口からの入り方も、監視カメラの位置も、彼女が調べ上げたものだ。無論、過去のアイコラの出来の変化もね。これらすべて、退職までの二週間の出来事だ。助手に雇いたいほどだね」
「あはは……」
小林はから笑いせざるをえないが、たしかにあっぱれな捜査能力だ。犯人は監視カメラをつつがなくくぐり抜けていた。自首がなければ迷宮入りもありえたそうだ。
「おっちゃん、鯛――自首するってことは、もともと逃げおおせるつもりはなかったんだよな。うーん、わからん」
頬杖をつく小林に、真壁は苦笑する。
「君が投げやりになってもらっては困るよ。もっと主人公――吉田麻衣子の心情を汲み取らないと。オフレコと警察や吉田さんに釘を刺されたのを破って流しているんだからね、僕の顔を立ててくれたまえ」
「そうか、おまえのところにも警察が来ているのか。大丈夫なのか?」
「ああ。『被害者』の素性を調べた張本人だからね。もちろん僕は依頼人から事前に何も聞かされていなかった。仕事を遂行しただけだから、お咎めなしだよ。君に情報を渡しているのは、お咎めありかもしれないけどね」
「わかった、頑張るよ」
友人が張らなくてもいい体を張ってくれているのだ。誠心誠意吉田麻衣子と向き合わねば。少なくともくせ者であることは間違いないわけだから。
「そういえば俺、ひとつわかんないんだよなぁ」
小林は鯛を刺身醤油につけながら言った。
「あいつ、近所の子が危険でも自分が危険でも平然としてたのに、亀が殺されて怒ったんだよな。なんでなんだ? 亀が好きなのか? 車が汚されたからか?」
「車の揺れが気持ちいいらしい。亀は好きでも嫌いでもないそうだ。ただ――」
真壁は微笑んで、思い出すように言った。
「『家族もアキちゃんも私と親交がある人たち。亀はただ田んぼで過ごしているだけで、私とは無関係だから』――だそうだ」
関係あるからいい。無関係だからダメ。本来ならば真逆のようだが――
「……わからん」
小林はつけすぎたサーモンを口に入れ、醤油のからさに顔をしかめた。
だが少しだけ、ひと撫でだけだが、吉田麻衣子という女の本質に触れた気がした。
何でも屋真壁嵐~夜の見世物~ かめだかめ @yossi0102
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