吉田麻衣子(1)

 待ちに待ったお昼時。ある食品会社の社員食堂で、二人の女が顔を突き合わせていた。片方はギャルっぽい見た目で金髪の、いかにも遊んでいそうな見た目。もう一人は胸まであるサラサラの黒髪と、人形のような顔立ちが目を引く女。二人は住む世界がまったく違う、正反対の人間に思われたが、聞き耳を立ててみると、どうやらそうでもなさそうだった。

麻衣子まいこさん、聞いてくださいよ! ゆかりのやつ今度ヒデくんと北海道旅行だって。わたしどうせヒデくんから白い恋人渡されるんですよ。あーもうバー行くのやめよっかなー」

「前に行っていたバーテンダーの彼ね」

 吉田よしだ麻衣子はオムライスをスプーンで丁寧に切り分けながら、うなだれる彼女に言った。

「会いたくないのならば会わなければいいんじゃない」

「そうは言いますけどねぇ。ボトルキープしてるしぃ、どーせゆかりのことだから向こうで喧嘩する可能性が五メートルはあるんだろうしぃ」

「多いわね」

「となったらわたしにもまだワンチャンありそうな気がするしぃ?」

 ピロン、と呼び出しボタンが鳴り響いた。

京香きょうかちゃん、できたわよ」

「やっとだー! わたしの焼肉定食~!」

 国谷くにや京香はスキップの勢いでカウンターへ取りに行く。

 昼時の食堂だからいざできあがっても混雑してなかなか戻ってこられない。麻衣子がオムライスを半分以上食べ終わる頃に、京香はげんなり顔を湯気の向こうに隠そうともせずに戻ってきた。

「あーあ。食品会社なんだからもっとテキパキやれないものなんですかねぇ。わたし、ここに派遣されるって聞いたとき楽しみにしてたんですよぉ。夏美も食堂マジヤバいって言ってたし」

「食品会社だからこそ、下手に冷凍食品を使わずに提供しているからね。ある意味、企業努力なんじゃない」

「さっすが麻衣子さん……清楚な見た目に反してポジ盛り盛りぃ」

 容姿もプライベートもギャルだが、仲間思いなところもギャルな国谷京香と、真面目で聡明で後輩思いな吉田麻衣子は、思いのほか馬が合った。

 翌朝、麻衣子がデスクで準備をしていると、遅れてやってきた京香が、麻衣子の肩を軽く叩いた。

「ちょっといいですか、麻衣子さん?」

 いつになく神妙な面持ちの彼女に、何かを察した麻衣子は、給湯室へやってきた。社員同士が噂話や悪口大会で賑わう憩いの場だが、少し時間が遅いから、他に誰もいなかった。

「こんなこと、本人に伝えていいのか悩むんですけどぉ……」

 京香はスマホの写真フォルダを開き、ある画像を麻衣子に見せた。

「これ……」

 有名なSNS、ツブヤイターのつぶやきのスクリーンショットだった。主はグレーの背景に人形の初期アイコンで、アカウント名は『あ』。投稿されていたのはなんと、麻衣子の顔を使ったアイコラ画像だった。元の画像はおそらくAVのパッケージだろう。

「さっき電車でたまたまタイムラインを眺めているとこれが流れてきたんです。もちろんリツブヤキはしてません。フォロワーが多いから誰が流したのかわかんないけど、今朝の時点で少なくとも五〇〇リツブヤキはされてたかなと」

 京香は今にもこぼれ落ちそうに瞳に雫を溜めている。

「知らなかったわ。私はツブヤイターをインストールしていないから」

「わたしもそれを聞いてたから……教えたくなかったけど、知らない間にこんなのが流れていくなんて我慢ならなくて……もちろん通報はしてます……」

「ありがとう、京香ちゃん」

 麻衣子は慈愛の面持ちで、後輩の目に浮かんだ涙をぬぐった。

 そのときだ。

「きゃあっ!」

 京香は素っ頓狂な声をあげて、スマホを投げた。拍子にシンクに落ちたが、構ってられないとばかりに麻衣子の腕にしがみついている。

「ま、麻衣子さん、あ、あそこに、ゴキ……」

「ゴキ?」

 震える指で差すほうには、以前に上司がこぼした牛乳のシミしかなかった。

「もー、なんなの! 食品会社にゴキブリなんか出るなっつーの!」

「災難ね。でも、どこかへ行ったわ」

「一匹見つけたら三十匹はいるんですよ。あーあ」

 京香はシンクのスマホを拾い上げると、ハンカチで水滴をふいた。

 あと少しで朝礼が始まる。二人は急いで事務室へ戻った。

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