何でも屋真壁嵐~夜の見世物~

かめだかめ

真壁と小林

 扉を押すと、店長の威勢のいい挨拶より先に、真壁まかべが片手を挙げた。

「やあ、元気そうで何よりだ」

 貼りつけたような胡散臭い笑顔、優男風の眼鏡、その奥に隠れた何を考えているのかわからない二重の瞳。ただの通りすがりだったら遠ざけてしまいそうな詐欺師じみた姿に、小林こばやしはうなずくと、彼の前に座った。

「おっちゃん、黒霧島ロックで」

「はいよ」

 カウンターの中で声が響く。真壁は手元のカシスオレンジを手繰り寄せる。

「よく飲むね」

「おまえはよく飲まないな」

「嗜みだよ」

「嗜むんなら飲めよ」

「酔っ払うといざというとき何かと不便なんだよね……言い訳じゃないよ?」

 訴えかけるような物言いに、小林はぷっと噴き出しそうになる。

 やがて真壁が事前に注文していた料理いくつかと、麦が届く。酒で体を温めていると、小林の口もだんだん軽くなる。

「先月はどうだ? 客足は」

「九十八%の平和で満ちた、ありふれた日々だったよ」

「なんだそれ」

「充実していたってこと。君のほうは?」

「全ッ然。常連だとわかってるなら少しはサービスしてほしいね」

「職人の世界だ。サービスでもらっても君のプライドが許さないだろう」

「それはそう。まあ、またいいネタに巡り会うのを祈るしかないね」

 小林はここ数年来、売れない小説家という、ミュージシャン志望、駆け出し俳優と似たりよったりの、信用ならない肩書きを背負っている。賞の選考段階には毎度残るものの、今ひとつ爆発力がなく決めきれない点については自分がいちばん理解している。

「どうもなぁ。だからおまえを頼ってるんだけどさ」

「君はなんでもかんでも人任せにする性格をあらためるべきだね」

 と言いつつ、真壁はほころんでいる。

 中学からの同級生の二人は、こうして定期的に集まることにしている。きっかけは真壁不在の同窓会で、連れだった男に聞いたこんな噂。

『聞いたかコバ。真壁のやつ、弁護士やってるらしいぜ』

 売れない小説家にとって、これ以上ない甘美な響き。いても立ってもいられなくなった小林は連絡先をたどってたどって、電話帳をめくってめくって、ネットの海にもぐってもぐって、とうとう真壁の事務所を突き止めた。古びた雑居ビルの案内板に薄く刻まれていたのは、『何でも屋マカベ』――

 ズッコケかけたけれど、なんとか持ち直して、事務所のドアを叩く。よく考えれば司法に明るくない小林からすれば、弁護士より何でも屋のほうが数倍やりやすい。中に入ると応接間とデスクがあり、懐かしい顔が書類をトントンと片づけていた。

「おや、君はたしか……」

 彼が優しげな美声を響かせると同時に、小林は恥をかなぐり捨てて、その場にへいつくばった。

「お願いだ、真壁! 俺の作品に力を貸してくれ!」

 そういう経緯で、小林はなけなしの収入から彼に飯を奢り、真壁は自分が携わった件に関する情報を小林に垂れ流すという、利害関係が成立したのである。

「今日はどうだ?」

「君、乗り気じゃなさそうだね」

「そりゃそうだろ」

 小林は顔をほてらせながら、ため息をついた。

 小林は何でも屋という職業を甘く見ていたのである。殺し以外はなんでもやるハードボイルドな男――飛行機からパラシュートで脱出したり、天井からロープ一本で侵入したり、銃を撃ち合ったり、美人の依頼人から甘い誘いを受けたり、とまではいかずとも、もう少し心躍る事件に首を突っ込んでいるのだと思っていた。それなのに何でも屋マカベの仕事といえば、猫探し、宿題の手伝い、ペンキ塗り等々、しょうもない……平和な案件ばかりだった。

「俺、電球の取り替えの話のために毎月食わせてんじゃないんだよ」

「君も曲がりなりにも創作者ならばフィクションと現実の区別ぐらいつかなければならないよ。それにあの話は、依頼人のおばあちゃんと孫の微笑ましいやり取りが心温まる素敵なエピソードだったと自負している。大きな事件が起こらなければアイデアに結びつかないなど、万年金欠作家と烙印を押されても仕方がない状態だよ」

「…………」

 ピシャリという。こいつがよくもまあ、接客業でそれなりに稼げていると思う。

 ただ、真壁の良さはこう言いながらも毎回話を持ってきてくれるところ。たった一杯のアルコールに屈し、ノンアルに切り替えると、話が始まる合図。小林はイカ焼きの串を更に置くと、待ってましたとばかりに身を乗り出した。真壁は落ち着けと笑った。

「たしかに君に一食を任せながら、この状態では契約不成立だね。よし、今回は先月やってきたある女性にまつわる話を贈ろう」

「なんだ? 不倫とか」

「不倫ならかわいいものだよ。君は知らないだろう。あまりの悲惨さに警察が闇に葬り去ろうと努力した『エクサル事件』を……」

 真壁は声を落として、訥々と話しはじめた。

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