第21話|おばあちゃんのAIレシピノート
芽衣の祖母が亡くなって、もうすぐ一年が経つ。
優しくて、どこかおっとりしていて──
だけど台所に立つと、手が止まることのなかった人。
葬儀のあと、家の棚の奥から出てきたのは、
一冊のノートだった。
黄色く日焼けした表紙に、鉛筆の文字。
ページをめくると、レシピと一緒に小さなメモが添えてあった。
「芽衣が風邪をひいたときのおかゆ(塩少なめ)」
「春樹くんが来た日、スープ多めに」
「失敗してもいい。味噌汁は“今の気分”が入るから」
その字に触れたとき、芽衣の胸の奥がじんわりと熱くなった。
ある日、芽衣は部室にそのノートを持ち込んだ。
「ねぇ、これ……AIで再現できると思う?」
「レシピを数値に起こせば、食材や手順の構成は作れるよ」
葵がノートをぱらぱらとめくる。
「でも、“失敗してもいい”とか、“気分で味が変わる”とか……
これはもう、料理ってより“記憶の風景”だね」
咲良が微笑む。
「……再現できるかより、再現したい気持ちが大事かも」
春樹がぽつりとつぶやく。
芽衣はゆっくり頷いた。
「うん。食べたいっていうより、“あの日のキッチンに帰りたい”って思ってるのかも」
彼らはレシピノートをスキャンし、AIに手書きの文脈を解析させた。
だが、AIはこう答えた。
「一部の手順は曖昧、調味料の分量にばらつきあり。
“おばあちゃんの味”の再現には、感性の補完が必要です」
「つまり……私たちが仕上げるってことね」
葵がにやりと笑う。
その日の放課後、家庭科室のキッチンに、彼らは立った。
最初に再現するのは、「芽衣が風邪をひいた日の卵雑炊」。
米の炊き加減、塩の量、卵を落とすタイミング。
AIの数値は完璧だった。
でも、芽衣がふと思いついて加えたのは、
細かく刻んだしょうがだった。
「おばあちゃん、入れてた気がする……たぶん、私が寒がりだったから」
完成した雑炊を、みんなで囲んで食べた。
優しい味だった。
でもそれ以上に、記憶が口の中に戻ってくるような気がした。
咲良がふわりと笑った。
「味って、思い出を連れてくるんだね」
春樹が言った。
「AIに頼っても、“最後のひと匙”は、人が入れるんだと思う。
その匙には、気持ちがこもってるから」
帰り道、芽衣はスマホのカメラでノートの1ページを撮り、
画像のメタデータにこう記録をつけた。
「この雑炊を食べて、少し泣いた。でも、それでよかったと思う。」
✦ aftertaste:レシピにない味
AIは、手順を整える。
でも、“心の中の味”までは整えない。
レシピの行間にあったのは、
誰かを思う気持ち。
分量では測れない記憶の風味が、
湯気の奥に、たしかに残っていた。
“再現”とは、“もう一度、寄り添う”ということ。
その味を伝えるたび、想いは次の誰かに届いていく。
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