第20話|夜の公園の観察記録
「ねぇ、夜の公園って、見たことある?」
咲良がぽつりと尋ねたのは、放課後の部室、資料を片づけながらのことだった。
「昼間は子どもたちで賑わってるけど……夜になると、まるで別の場所みたいなんだって。
静かで、ちょっとこわい。でも、その分“何か”が見えるらしいの」
「“何か”って?」
春樹が聞くと、咲良は微笑んだ。
「人がいないときに動き出す、ほんの小さな命たち。
昼には気づけなかったものに、ちゃんと“気づく”ための観察記録──つけてみたくない?」
春樹はうなずいた。
その夜、ふたりは近所の公園に集合した。
咲良はいつものようにAIグラスを装着し、
春樹はアナログなフィールドノートを開いた。
「AIには、熱源探知・動体解析・微小音検知……いろんなセンサーが搭載されてるけど」
「それだけじゃ、観察にはならないんだよね」
咲良が言った。
「うん。観察って、“気づいたあとに考える”ってことだと思う」
春樹がそっと付け加える。
夜の公園は、まるで知らない場所だった。
ブランコは風に揺れ、照明の端でコウモリがすばやく舞う。
砂場の脇では、体長3センチほどの黒い虫がせわしなく移動している。
植え込みの影には、小さな目が光っていた。野良猫の子だ。
咲良のAIがささやく。
「対象:ヤマトシジミ(夜間行動個体)
通常は昼行性。外灯に引き寄せられ移動している可能性あり」
春樹が記録する。
《観察20:45 低木の下、羽音のない動き。AIは昼行性と分類。
しかしこの時間にも活動──生きものは“例外”でできている。》
「……AIって、何でも正確に見抜いてくれるけど、
“例外の美しさ”までは教えてくれないんだよね」
咲良の声に、春樹はそっと微笑んだ。
その後も、ふたりは虫の動線を追い、
樹の幹に張りつく夜のカマキリを見つけ、
公園のベンチの下に、アリたちがまだ働いている様子を観察した。
「ねぇ、春樹くん」
咲良が少しだけ声を潜めた。
「こうしてると、人間の世界が“特別”なんじゃなくて、
この虫たちや、音のないやり取りが、
ずっと続いていた“本編”だったのかもって、思っちゃう」
春樹はそっと頷いた。
「たぶん、それに“気づける時間”が、観察なんだと思う」
最後にふたりは、ベンチに腰を下ろし、
その夜に出会った小さな命たちを一枚の地図にまとめた。
それは、星図にも似た“夜の命の地図”。
帰り道、咲良が言った。
「この地図、あしたの朝にはもう使えなくなっちゃうね。
夜の生きものたちは、昼にはもう、いなくなってる」
春樹は言った。
「でも、“いた”っていう記録は、残る。
そして“気づけた”という事実も」
✦ aftersight:見つめることの奇跡
AIは、見落とさない。
でも、“見つけた”と感じるのは、いつも人間のほうだ。
観察とは、ただの視認ではない。
気配に耳をすまし、見えないものを見ようとする時間。
小さな命の鼓動が、夜のすき間に響いている。
それに気づいたとき、
世界は少しだけ静かに、美しくなる。
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