第9話|星空ナビゲーション
「流星群、見に行かない?」
そう言い出したのは、春樹だった。
ちょうどその日、AIアシスタントからの通知に、こんな一文が届いた。
「本日21時~23時、ペルセウス座流星群がピークを迎えます。観測に適したスポットを表示しますか?」
普段なら、ふと眺めて終わるだけかもしれない。
けれど春樹は、なぜかその通知に強く惹かれた。
夜空を、ちゃんと見上げたくなった。
「……スマホの中ばっかり見てる気がしてさ。
たまには、空を見たいと思ったんだよね」
放課後、勇人と咲良と芽衣が頷いた。
葵は一瞬だけ戸惑った顔をしたけれど、小さく笑って言った。
「星くらいなら、ナビしてあげる」
彼らはAIが提案した“観測最適地点”へと向かった。
郊外の町を少し離れた小さな丘。
草むらにレジャーシートを敷いて、風の音を聞く。
AIグラスが空をスキャンし、星座の名前を重ねていく。
「これが、カシオペア……で、あっちがペルセウス」
「ほんとに星って繋がってるんだね」
芽衣が小さく呟く。
「ねえ、なんで流れ星って願い事するの?」
咲良が問いかけると、春樹が少し間を置いて答える。
「たぶん……通りすぎるから、じゃないかな。
つかまえられないものだからこそ、“願い”をのせるんだよ」
「ロマンチストだな〜」
勇人が笑いながら、空を見上げる。
そのとき、ひとつの光が走った。
しん、と夜が止まったような一瞬だった。
数秒遅れて、芽衣が声を上げた。
「見た!? 今の!」
「見た見た見た!! すごい速かった!」
AIアシスタントが淡々と告げる。
「観測:流星体速度 約58km/s 光度:-1.2 北東方角」
でも、数値では表せないものが、その場にあった。
言葉を交わさずとも、全員が確かに“心の震え”を感じていた。
それは、「ここにいてよかった」と思えるような瞬間。
勇人がぽつりとこぼす。
「AIって便利だけど、今の感動まで再現できるのかな」
葵が少し考えてから答える。
「たぶん、それは……再現“しなくていい”んだと思う。
人間が“感じる”ためにあるから、感動って」
春樹が頷く。
「うん。きっと、“わかる”より、“ふるえる”ってことが、大事なんだ」
帰り道、風が冷たくなってきた。
芽衣が眠そうに、咲良の肩にもたれかかりながら言った。
「また、見に来たいな。みんなで」
咲良は、うん、と優しく頷いた。
AIは夜空の地図を更新し続けている。
でも、その星空の下で交わされた声や、沈黙の時間までは、
記録されない。
だからこそ、きっと──大切なのだ。
✦ aftersky:ふるえる心に、地図はない
星の位置は、AIが知っている。
でも、“この夜を忘れたくない”という気持ちは、
データには残らない。
感動は、正確さより、まなざしの深さに宿る。
同じ空を見上げていたこと。
同じ沈黙に、心を重ねていたこと。
それだけで、世界はすこしだけ広く、あたたかくなる。
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