第8話|七不思議の正体

「……ねえ、旧校舎の2階、出るって知ってる?」


その日、昼休みの教室で、芽衣が話し始めた。


「音楽室の廊下。夜になると、窓の外に“逆さの影”が見えるんだって。

下に向かって、天井からぶら下がってるみたいに」


「出た、七不思議。まーた都市伝説じゃないの?」

勇人が笑う。


けれど芽衣は、意外にも真剣だった。


「でもさ、ほんとに見たって言ってる子もいたよ。

“あれはAIカメラにも映ってた”って……」


葵がその言葉に反応した。


「それ、防犯センサーに引っかかった記録の話?」


芽衣はうなずいた。


「そう。夜中に警報も鳴ってたらしくて……

でも、先生たちには“風のいたずら”って片付けられてるって」


春樹が静かに言った。


「真偽はともかく……“何かがそこにあった”のは確か、かもしれないね」


咲良は少し考えてから、にっこりと笑った。


「じゃあ、確かめに行ってみよう。

AIの目で“怪談”を見るって、なんか面白くない?」


夜、旧校舎。


外灯の届かない渡り廊下は、影が深く、空気がひんやりしていた。


彼らは、グラス型のAIアシスタントを装着し、音と熱、動体パターンを解析するモードを起動していた。


春樹がつぶやく。


「“幽霊”って言葉には、正体のないものへの名前がついてる気がするね。

恐怖って、未知の輪郭なんだと思う」


「AIは“未知”を形にしてくれるかな」

咲良が微笑む。


勇人は、やや緊張ぎみにカメラ付きドローンを飛ばした。


「よし、階段上から確認……あっ、あそこ!」


モニターに映ったのは──

確かに“ぶら下がるような”人影。


「……逆さ……?」


だが次の瞬間、AIが分析結果を表示した。


「対象:夜行性鳥類。種別:フクロウ科。

天井の梁に逆さまにとまっている個体と一致。」


「フクロウ……!」


葵が笑った。


「赤外線カメラで見ると、羽根が黒い布に見えちゃうんだよ。

しかも動かない時間が長いから、人型に誤認されやすい」


咲良が視線を上げる。


「でも……それでも、誰かは“幽霊かも”って思った。

それはきっと、何かを怖がる気持ちがあったからだよね」


勇人が言う。


「怖いって、弱さじゃないよな。

知ろうとすることこそが、勇気なんだと思う」


春樹はうなずいた。


「そうだね。見ないふりの方が、ずっとこわい」


帰り道、咲良は空を見上げた。


星は見えなかったが、風がやさしかった。


「ねえ、“七不思議”って、なくならないのかもしれないね」


「うん。だって、人が想像する限り、世界は“ふしぎ”に満ちてるから」


芽衣が笑った。


「じゃあ今度は、“八不思議”をつくろうか。私たち発信で!」





✦ afterdark:影の正体に灯すもの

恐怖というのは、

見えない影に、自分の不安を映し出したものだ。


でも、それに“名前”をつけたとき、

影は静かに輪郭を持ち始める。


AIが教えてくれたのは、

幽霊の正体じゃない。


怖がる心に、

そっと光をあてる方法だった。


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