第3話|庭の小さな発見
放課後、勇人は自宅の裏庭に出ていた。
今日は珍しく、AIも使わず、ただ自分の目と耳だけで自然を眺めてみたかった。
風が低く渡る午後。どこかの庭先から花の匂いが混じる。
勇人の家の庭には、小さな雑草や植えっぱなしの草花が無造作に生えている。
そして、その中に──
ひとつだけ、見覚えのない“羽音”があった。
パタ、パタ。パルスのような高いリズム。
それは、見慣れたミツバチやアブのものではなかった。
音だけで「これは何か違う」と思わせるような、そういう響きだった。
勇人はそっと草をかきわけ、ARグラスをかけた。
視界の端に、虫のシルエットが浮かびあがる。
細い羽。青みがかった体。赤銅色の触角。
「え、見たことないぞ、これ」
グラスのAIが反応した。
「一致する種は登録されていません。近縁種:ナミハナアブ、カワリバチ属、不明種の可能性があります」
「……マジか」
勇人の心が跳ねた。
その夜、テクノロジー部の部室にはメンバーがそろっていた。
勇人は興奮気味に、虫の写真をディスプレイに投影した。
「見てくれ、このフォルム。検索でも引っかからなかった。
AIも“未登録種の可能性あり”って言ってるんだ!」
「また勇人が何か見つけたのね……」
葵が肩をすくめながらも、写真をじっと見つめていた。
芽衣は写真を覗き込みながら目を輝かせた。
「きれい……! なんか宝石みたい。こんな虫、本当にいるんだね」
春樹が言う。
「羽の形、少し変わってる。
普通のハナバチとは違うし……。でも、形にどこか意思を感じるね」
咲良が手を挙げた。
「じゃあ明日、庭をもう一度調査してみない?
もしかしたら巣があるかもしれないし、他にも何か見つかるかも」
「いいね、AIドローンも持って行こう。空撮もしてみたい」
勇人は、自分の“ちいさな発見”が、こんなにも皆を動かすことに、少しだけ照れくさくなっていた。
翌日、彼らは裏庭に集合した。
慎重に草を分け、地面を低く這うように観察していく。
AIグラスが、虫の動線を追い、微細な飛行パターンをマッピングしていく。
春樹が手持ちのモバイル顕微鏡を取り出し、翅(はね)にある微細な文様を記録する。
葵がドローンを起動すると、裏庭の空中映像がリアルタイムで表示された。
その映像の片隅で、またしても“例の虫”がふわりと舞い上がるのが見えた。
「2個体目……いるんだ、ほんとに!」
勇人の声が震えた。
「記録として十分だと思う。写真、飛行軌跡、DNAサンプル……送る準備は整ったよ」
葵はそう言って、専門機関へのデータ提出フォームを開いた。
「提出して、確認してもらおう。
もし本当に新種なら、発見者として名前を記録してもらえるかもしれないよ」
勇人は、一瞬迷った。
でも、すぐに画面を見て、小さくうなずいた。
「うん、やってみよう」
その夜。
自室のベッドに寝転びながら、勇人は自分のスマホのAIに話しかけた。
「なあ、なんで新種って見つかるんだろうな」
AIは、少し考えるような間をおいて答えた。
「世界は、まだ“全部は見えていない”状態だからです。
その見えていない部分を“気づいた人間”が見つけるのです」
「……ふうん」
勇人は笑った。
「じゃあ、今日のは“気づいた俺”がえらかったんだな」
「はい。とても、えらかったと思います」
勇人はそのやりとりを、どこか宝物のように感じていた。
✦ afterpulse:羽音に隠された地図
発見というのは、音のズレに気づくこと。
いつもの風景に混じる、“ちいさな違和感”の声。
それは、まるで見えない地図のようだった。
羽ばたくたびに描かれる、新しい世界の輪郭。
そして──
AIが記録したのは、ただの昆虫じゃなかった。
それを信じて追いかけた、少年の“まなざし”そのものだった。
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