第二話 幽霊はウソつきの味方?

 購買前で詐欺事件が解決した後、悠真と私はしばらく静かな空気に包まれていた。


 悠真は少し嬉しそうに、でもどこか達成感を感じさせるような表情を浮かべている。その目は鋭く、どこか人を試すような冷徹さがあり、ただの転校生にしては、あまりにも「観察者」のように見える。


「まさか、あんな簡単にボロを出すとはな。副会長、何年も生徒会にいるのに、あんな基本的なミスを犯すなんて、驚きだよ」


 私は彼の言葉に少しだけ納得した。悠真が言う通り、嘘を見抜くのは簡単ではない。だが、悠真が本当に素早く見抜けたことに、私も驚きを感じていた。


「でも、あれで終わりじゃないわ」

 私は悠真を見つめながら言った。


「この事件はただの小さな兆候にすぎない。学園内で嘘や不正が横行している。次はもっと大きな問題が起きるかもしれないわ」


 悠真は何も言わず、しばらく黙って考え込んだ。彼の目の奥には、私たちの会話の先にある未来を見据えているような冷たさがある。


「まあ、でも、そういうのって面白いよね」

と、彼は軽く笑って言った。


「俺、こういうの好きだし、誰かが問題を起こして、それを暴くのが楽しい」


 その言葉に、私は少し警戒心を抱いた。しかし、同時に彼が持っている力、あるいは彼の予想外の冷静さに、私自身が引き寄せられているのを感じた。


「会長さん、俺、君の生徒会に協力するの、悪くないかも」


「そうね、あなたの能力は確かに役立つわ。だけど、あなた、なぜそんなに嘘を見抜くのが得意なの?」

 私は問いかける。


 悠真はその問いを受けて、少しだけ視線を逸らした。


「まあ、俺、ちょっとした事情があってね。嘘を見抜かないと、逆に危険なんだ」


 その言葉の端々に、彼が何かを隠していることを感じ取った。だが、私はそれを追及しないことにした。今はまだ、彼を信じるかどうかを判断する時ではない。


「分かったわ。でも、あなたが言ったように、学園内で嘘や不正が広がっているなら、私たちがその根源を突き止めないといけないわ」


 悠真は少し考えてから、私に向かって微笑んだ。


「それなら、俺に任せてよ。君の生徒会で、俺がどんな"嘘"を見抜いてやろうか」


 その言葉を聞いたとき、私は一瞬胸騒ぎを覚えた。彼が持つ力、そして彼の隠された過去が、これからどう私たちの生活に影響を与えていくのか、まだ分からなかった。


 その直後、悠真の軽薄な笑顔の奥に、何かが隠れていることに気づく。彼の「ある秘密」が、きっと私たちをさらに巻き込んでいくに違いない――。



 旧校舎には近づかない方がいい。そんな噂が、天羽学園の一部で囁かれ始めたのは、つい最近のことだった。


「放課後、旧校舎の二階で白い影を見た」

「階段の上から誰かに見下ろされてた」

「誰もいないはずの廊下からピアノの音が……」


 それらの話をまとめて報告してきたのは、新聞部の一年生、久賀くが みのりだった。


「会長、生徒の不安が高まってます。このままじゃ取材もまともにできません!」

「幽霊なんて、ありえないとは思うけど……」

「でも会長、幽霊じゃないとしても、誰かが“幽霊のふり”をしてるってことじゃありませんか?」


 その言葉に、凛の眉がぴくりと動いた。


「つまり、また"誰かのウソ"ってことね」

「ということは――俺の出番ってわけだな」


 悠真がいつのまにか背後に現れていた。相変わらずの無遠慮さに、凛はわずかに眉をひそめたが、口元は笑っていた。



 その日の放課後、凛と悠真、そして新聞部の久賀は旧校舎へと向かった。


 きしむ床。剥がれた壁紙。黒板には「だれかいますか?」と震えるような文字が残されている。まるで舞台装置のような怖さ。だが、悠真は涼しい顔で歩いていた。


「こんなの、ただの演出だろ。怖がらせるためのな」

「でも、こんな手の込んだことを誰が? 何のために?」


 その時だった。廊下の先、誰もいないはずの音楽室から――ピアノの音が鳴った。


 三人が息を呑む。


「行くよ」


 凛がドアを開けた。だが、そこには誰もいなかった。ただ、古びたアップライトピアノだけが佇んでいた。


「自動演奏? ……にしては、電源も入ってないけど」


 悠真がピアノの蓋を開け、何かに気づいたように目を細めた。


「この鍵盤、さっき押された痕があるな。指紋が新しい」


 その時、窓の外を誰かが走った。咄嗟に追いかけた凛たちが見つけたのは、震えながら座り込んでいる女子生徒・二年の朝比奈 あさひな あおいだった。


「どうしてこんなことを?」

「ごめんなさい。ただ、もう一度、あの子に会いたかっただけ」


 涙をこぼしながら、朝比奈は語った。


 去年、同じピアノ教室に通っていた友達・莉子りこが病気で亡くなったこと。二人でこの旧校舎の音楽室に忍び込んでは、こっそり連弾していたこと。誰もいない教室で、莉子の幻を感じたこと。


 そして、嘘でもいいから「誰かに思い出してほしかった」こと。


「ウソでも、信じてもらえたら……あの子が、ここにいた証になる気がして……」


 静かな沈黙が、旧校舎を包む。凛はそっと肩に手を置いた。


「その気持ちは、嘘じゃない。そういう嘘も、あるんだね」


 その横で悠真がふっと笑った。


「ほら、俺の言ったとおりだろ。"ウソ"ってのは、全部悪いわけじゃない。ときに人を救い、ときに騙し、ときに――誰かを、そっとつなぎとめる」


 朝比奈の肩が震え、ぽろぽろと涙が落ちる。


 その背を見ながら、凛は気づく。悠真が自分の過去を語ることは、決してない。


 彼の「ウソの才能」

もしかすると、何か大きな痛みと引き換えに手にしたものなのかもしれない、と。



 夜。凛と悠真生徒会室に戻った。


「なあ、会長。俺の正体、ちょっと気になってる?」

「正直、かなりね」

「じゃあ、ヒントを一つ。俺の最大の嘘は、まだ誰にもバレてない」


 そう言って悠真は、冗談のように笑った。でもその目は、どこか寂しげだった。


 凛は何も言わずに、夜の校舎を見つめていた。

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