名探偵シリーズ
明日和 鰊
名探偵の居る街の刑事
ある街に二人の名探偵が居た。
一人は低カロリー探偵とあだ名され、もう一人は高カロリー探偵と呼ばれていた。
二人のあだ名の由来は容姿ではなく、探偵としての態度にあった。
難事件が発生し警察の手に余った時、二人の探偵のどちらかが呼ばれる。
低カロリー探偵は呼ばれると、警察がこれまで調べ上げた調書をすごいスピードでパラパラパラとめくると、すぐに関係者の名前の中から犯人の名を挙げる。
仮にその中に犯人がいなければ、その人物像を挙げて警察署を去って行く。
一見何も問題は無いようだが、彼はその根拠も証拠も伝えないのである。
食い下がって聞こうとしても「それは警察の仕事です」と吐き捨てるように言い、帰ってしまう。
あまりしつこく聞こうとすると、しばらくは警察からの連絡を無視するようになり、彼の機嫌が直るまで捜査協力をしてもらえなくなる。
犯人が特定されただけでも有り難いのだが、疑わしいのに捕まえられないのは証拠が見つからないからで、難事件が相手だけにその証拠集めに警察はとても苦労していた。
そのせいで功を焦った刑事が、犯人に強引に自白を迫って逆に訴えられた事もあった。
もう一人の高カロリー探偵は丁寧過ぎるくらいにじっくりと調書を読み、犯人とその根拠、そして証拠の場所を懇切丁寧に教えてくれる。
何十時間もかけて。
その一つ一つに、蘊蓄や自らの過去の武勇伝も交えて、何時間も掛けて説明してくれる。
ある事件では、その全容を五日間掛けて説明することもあった。
朝から晩まで、間に食事や睡眠などをとりながら。
しかもやっかいな事に、彼が話をしている時に刑事がうたた寝をしようものなら、不貞腐れてこちらも次の捜査協力をしてくれなくなる。
その話の長さに、ノイローゼになった刑事が何名もおり、「初めて、取り調べをうける被疑者の気持ちがわかった」と憔悴しきった顔で言い、警察を辞めた者までいたほどだ。
探偵自身の運動量つまり消費カロリーの量で、彼等のあだ名はついていた。
どちらの探偵もクセが強く刑事達は彼等の対応に辟易していたが、厄介な事にその推理は全部的中している。
そのため殺人などの凶悪事件が迷宮入りしそうになると、地域住民からも二人の探偵に協力させろという声があがるのだ。
ある日この地域の高級別荘地で、恐ろしく奇妙な事件が起きた。
三件の不可能犯罪、どれもおよそ人間業とは思えぬ方法で人が殺されていたのだ。
それもすべて違う殺されかたで。
警察は懸命に捜査をしたがそのどれか一つとして、トリック解明はおろか容疑者の一人すら浮かび上がってきてはいなかった。
その上、この事件に対してマスコミが面白がって騒ぐほどに、地域住民だけでなく当時開かれていたパーティーの参加者達からも、早期の犯人逮捕をせっつかれて、もはや探偵を呼ぶしかなくなっていた。
「エー今回の事件、どっちの探偵を呼ぶか、今日こそ決めたいと思う」
署長は金切り声を上げて、会議室に集めた刑事達に指示をするが、彼等の反応は芳しくはなかった。
今回警察署内で揉めているのは、低カロリー探偵と高カロリー探偵どちらの探偵を呼ぶかで、その決定をするだけで既に二日も費やしていたからだ。
「パーティーに参加した政治家が、警察上層部に圧力をかけて署長に早く解決しろって言ってきたらしいですよ。記者にしつこく付きまとわれてるらしいですから」
若い刑事が中年刑事にひそひそと話しかける。
「まったく、俺たちの苦労も知らないで、勝手なもんだよ」
「わたしは低カロリー探偵がいいと思います」
「バカ、犯人だけわかっても意味ないだろ。殺害方法の見当もつかないんだぞ」
「そうだ、証拠不十分で逃げられたらどうする。やっぱり高カロリー探偵の方が、」
「ひっ、こ、今回は三つも殺人が起きてるんだ、あいつの無駄話は絶対一週間は楽に超えるぞ。お、俺はあいつが来るんだったら、今度こそ警察を辞める」
こんな感じで会議は二日間を無駄に費やしていたのだ。
もし低カロリー探偵を選んで犯人だけ解っても、トリックが判明し犯人逮捕までにはひと月以上はかかるだろう。
それに、もしかするとそのまま迷宮入りする可能性もあると、刑事達は考えていた。
しかし高カロリー探偵を選べば確実に犯人は逮捕できるが、拷問のような時間が何日も続く、既に刑事達の三分の一が退職願いを出すとまで言ってきていた。
もちろん、残った刑事の中にも聞き手役を志願する者は一人もいない。
「どっちを選べばいいんだ」
署長は顔を両手で覆いながら、涙声で小さく呟いた。
会議が行き詰まり、誰も声を上げなくなった頃、ノックの音が静寂の会議室に響き渡る。
「あの~、事件の犯人と名乗る方がいらっしゃったんですけど」
受付の署員が、場にそぐわないのんびりした声で、思いもしない言葉を伝えにきた。
やって来たのは別荘の雑用仕事をしている使用人と判り、中年刑事が取り調べる事になった。
「あんたが本当にやったのか。それにどうして出頭を」
見るからに気も力も弱そうな小柄な初老の男である。
中年刑事にはこれがあの怪事件の犯人だとは、とても信じられなかった。
「もしかして、この街の二人の名探偵のどちらかが事件に乗り出すと聞いて、観念したのかね?」
もしそうであるならば彼等の存在だけで、この街の犯罪抑止になるかもしれない。
中年刑事は、これ以上あの二人の探偵に会わずに済む事に望みを抱いていたが、男の高笑いでその淡い望みはすぐに打ち壊された
「馬鹿を言っちゃいけない。我が輩は探偵など恐れないし、出頭をしに来たわけでもない」
喋りだした男の姿は先程までとはうって変わり、迫力に満ち、なぜか大きく見えた。
「だったら、どうして、なんで警察署に」
「陣中見舞いというやつだよ。君ら無能な警察が、我が輩の手がかりすら掴んでないと聞いて、あまりにも哀れになってしまってね。おっと、そろそろだな」
怒った中年刑事が、昔のクセで手を出そうと立ち上がった瞬間、男の身体から大量の煙が噴き出した。
「さらばだ、警察諸君」
完全に視界が遮られた状態で男の声が聞こえたかと思うと、鍵の掛かった取調室のドアが開く音がする。
開いたドアからの風でやっと煙が晴れると、男のいた場所には逃走防止用の腰ひもと手錠だけが残されていた。
「身体検査をしたんじゃないのか。さがせ、まだ署内にいるはずだ」
中年刑事が室外の部下に叫ぶと同時に、犯人逮捕を聞きつけ警察署の外で待ち構えていた記者達の間で、ワッと歓声が沸き起こる。
そこでは、男が自ら起こした今の出来事を、自慢たらたらと記者達に説明していた。
入り口近くにいた署員や署内の警察官も急いで男を追いかけるが、男は捕まえようとする手をヒラリヒラリとかわしていた。
あまりの出来事に脱力した中年刑事はそれを見ながら、捕まえるのは無理だろうなと思った。
先程の逃走劇の早業や軽業、それにあのふざけた態度。殺人事件の犯人の根拠や証拠にはならないが、あの男が犯人だろうと中年刑事は確信をもった。
そして、このような事件は警察の領分か?とも。
『割れ窓理論』という考え方がある。荒れた場所を無関心に放置しておくと、犯罪者が安心して集まるようになり、そこの地域全体の治安が悪くなるという研究だ。
『類は友を呼ぶ』、『変人は変態を呼ぶ』
もしかしたらあの男は、おかしな二人の探偵に引き寄せられるようにこの街に来たのかもしれない。自らの起こした事件に、好敵手という彩りを加えるために。
だとしたら、今後もあんなおかしな連中が街に増殖するのだろうか、そのたびに警察は右往左往し、変人達と付き合っていかなければいけないのか。
中年刑事に身震いがおこる。
「もうやだ、こんな街……」
中年刑事は、胸の内ポケットにしまってあった退職願いに手を伸ばしていた。
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