『ダンジョン攻略デモンストレーションを開始します』
@save
迷宮
第1話
普段の俺は、あまり寝起きがいい方じゃない。
別に二度寝三度寝を繰り返すわけでもないが、ベッドの中でのうたた寝が好きで、ぼんやりしたまま1時間くらい経っていた――なんてのはザラだ。
「……どこだ、ここ」
目を覚ますと、自慢の寝具ではなく、まるで海外ドラマの独房みたいなベッドに寝ていた。
違和感に背筋がゾワッとする。ザラついた質の悪いシーツに触れながら身を起こすと、そこは全く見覚えのない、無機質なワンルームだった。
「え、誘拐? いやでも俺、寝てただけだよな……てか俺なんか攫う理由ある?」
混乱しつつもあたりを見回す。コンクリート打ちっぱなしの狭い部屋にあるのは、ベッド、机、そしてその上に置かれたデスクトップパソコンだけ。
他には、やたら重厚そうな鉄製の扉――というか、脱出ゲームでよく見る“あれ”が鎮座している。
とりあえずパソコンに近づいた。何か手がかりがないかと思って。
「ん? ……なんか映ってる?」
椅子なんて洒落たものはないので、中腰でパソコンの画面を覗き込む。
すると、そこには――目を疑いたくなるような文章が表示されていた。
⸻
「聞け、下等なる者どもよ。我は“運命を織る者”――神の一柱である。」
「汝らの世界に出現せし“ダンジョン”は、無秩序なる人類に課す、試練である。」
「汝らは生を享けてなお怠惰に沈み、欲に溺れ、理を忘れた。」
「ゆえに、我は選定を始める。」
「この地に降り立ちし“迷宮”を制する者こそ、次代を担う資格ある者と定めん。」
「各ダンジョンは階層を持ち、深部へ至るごとに試練は増す。」
「栄光は覇者に、破滅は臆病者に。これは警告ではない。宣告である。」
「選ばれし者よ、進め。そして証明せよ。汝が生きるに値する者であることを。」
――というメッセージを全人類の脳内に送信したところ、「いきなりそんなの無理です」という反応が大多数だったため、ダンジョン攻略のデモンストレーションを行うことに致しました。
この文面をご確認いただき次第、配信が全人類へ開始されます。ご了承ください。
なお、先払いの報酬として、またデモ用に必要となるため、『限定的不死』をスキルとして贈与しております。ご活用ください。
ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
※ご協力いただけない場合は爆発四散します。
⸻
『ステータスを表示します』
文章が消え、代わりにパソコンから無機質な電子音声が流れた。
何も触れていないのに、画面が勝手に動き出す。そして表示されたのは――
ゲームっぽいステータス画面だった。
──────────────
名前:田中 悠斗
職業:ノービス
レベル:1
HP:100
MP:20
筋力:9
耐久:7
知力:12
敏捷:11
運:2
スキル一覧:
● 限定的不死
ダンジョンでの死亡時、自動で蘇生されマイルームへ帰還する。痛み・恐怖は軽減されない。
● 軽い踏み込み
一歩だけ速く前に出られる。敵に近づくとき、躊躇が1秒短縮される。心理的にも効果アリ。
● 人間エラー
意図せぬ行動が稀に有利に働く。発動条件は「うっかり」。
──────────────
絶句。どうしろってのよ。
ひとまず、改めて部屋の中を見渡す。
パソコンとベッド以外、本当に何もない。テレビも時計もなければ、窓すら存在しない。じわじわと精神を削ってくる類の閉鎖感だ。
「……夢じゃない、んだよな」
腕をつねってみる。普通に痛い。
さっき読んだ“神のポエム”が脳内でリフレインするたびに、胃の奥が重たく軋んだ。
唯一の出口らしき鉄製の扉に、恐る恐る近づく。
無骨なドアノブに手をかけ、そっと回してみる。
――ガチャリ。
鍵はかかっていなかった。そこだけ妙に親切なのが逆に不気味だ。
「……行けってことか?」
重い金属音を立てながら、扉をわずかに開ける。
きしむような音とともに現れたのは、暗い通路だった。照明は一切ないが、床にはかすかに光る矢印のようなラインが走っている。まるで案内されているようだ。
その瞬間、無機質な電子音声がまた部屋に響いた。
『マイルームを離れる場合、初回警告を行います――ダンジョン適応準備を開始します』
「ちょ、ちょっと待て待て待て。準備って何!? 聞いてないよ!?」
焦りながら後ずさる俺を無視して、部屋の壁面が淡く発光を始めた。
意味は分からない。だが、何かが始まったことだけは理解できた。
さらに追い打ちをかけるように、脳内に直接メッセージが響く。
『※適応準備中はキャンセルできません。あらかじめご了承下さい』
「了承してねぇよ!」
絶叫に返答はない。
こちらの意思など、最初から求められていないらしい。
本当に……どうしろっていうんだよ。
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