2人一緒に
棘蜥蜴
第1話
そのニュースが舞い込んできたのは6月、梅雨真っ只中の昼休み。
「隣のクラスのソウって男子、入院したんだって!」
私と同じグループのいわゆる陽キャの女子が聞いてきた噂を得意げに語る。
いつもなら聞き流すところだ。
けれど、そうはいかない。
なぜなら話題の“ソウ”は私の………。
いやまずは噂の真偽を確かめなくては。
雨の日の放課後。ソウは確実に裏庭にいる。
黒い傘を持って、ぼんやりと空を見ている。
しかしその姿はなく、憂鬱な気分になるほどにどんよりとした雨とそれに濡れた紫陽花があるだけ。
「いない………。」
次の日もその次の日も雨で、ソウは来なかった。
入学式の日は雨だった。
興味本位で裏庭に1人で行ってみた。
散りかけの桜が濡れてぺちゃんこになっていてその中に1人佇む前髪の長い男子生徒。
そいつはこちらを見ると同時に話しかけてきた。
『あんた、誰だっけ?』
私はセイ。
『ふーん。……ああいつもヘラヘラしてる人か。』
はあ!?そんな言い方ないでしょう!?
あんたも名乗りなさいよ!
『ソウ。1年6組。で、あんたは1年5組のセイさんね。覚えてる。』
えっ。なんで知ってるの?
『中学同じだったけど?ふっ。まあそりゃそうかあんたらは俺みたいな地味なやつには興味ないもんね。』
カチンときた。
だから、雨の日は裏庭に行って構い倒してやることにしたのだ。
そういえば、私はソウのことを何も知らない。
そう気づいたのはソウが姿を見せなくなって2週間の時。もうすぐ梅雨も終わる。
ソウはすっかり話題に登ることもなくなって存在を完全に忘れ去られていた。
私はずっと覚えていた。
日に日に会いたい気持ちが湧いてくる。
その気持ちを持て余したまま、時は無常にも過ぎていく。そして考えたのがさっきのこと。
雨の日が好き。
陰の者。
好きな食べ物はエビ。
それくらい。
家がどこら辺とか連絡先とか全く知らない。
中学同じって言ってたから卒業アルバムを見れば載っているのだろうか。
『SNS?やるわけないじゃん。』
今時ありえなくない!?
『必要なかったからね。』
……スマホは?
『流石に持ってるよ。』
会えないことがこんなに辛いなんて。
これが、好きってことなのかな。
もう、会えないかもしれないのに。
今日、6組に行ったらソウの机無くなってた。
昼休み。6組の友達に会いに行ったら窓際の席でボーっとしてるソウがいた。
話しかけれるわけがなかった。必死に明るくて可愛い子を演じていたから。
人間のキャラクターを分けるのはほとんど顔と言っていい。
私は自分で言うのもなんだが結構かわいい。
だから無理してかわいい子たちのグループにいる。
ソウは前髪長くて地味目で目立たない上に友達ゼロだからクラスで孤立していた。
その日の放課後、裏庭で。
『!?何するんだよ!』
あんた……!前髪上げれば友達できるの確実じゃない!
『友達なんかいらないんだよ……。』
えー?もったいない。
『いらないものをもらっても嬉しくなんかないだろ。だから、もったいなくなんかない。』
前髪に隠れた紫紺の綺麗な眼は何を映していたのだろう。
この世界には魔法がある。
限られた一部の人しか使えないそれは一般市民にとって憧れの的。
最近よく見る夢には魔法としか思えないものが出てくる。夢だから当然にしては何回も見るんだよね。
雨の降る草原で小さな男の子が歌うと花は咲き乱れ空には虹がかかり小鳥は囀り私は笑顔になる。
そんな夢。
朝、起きて鏡を見たら目が紫になっていた。
まるで、ソウの目みたいに。
それを見たお母さんは急いでどこかに電話をかけてそして泣き出した。
そこから先はあっという間。
私は何かの施設?に連れていかれ白い窓のない部屋でいろんなことを根掘り葉掘り聞かれた後、説明されたことによると。
この世界のカミサマは生贄を要求する。
生きた15歳の紫紺の瞳の少年少女を。
前の生贄候補は自殺未遂をして使い物にならなくなったらしい。その場合、代替品が選ばれる。
それが、私。
あとはひたすら生贄を行うことでどんな利があるかということを延々と聞かされた。
ソウは嫌だったんだね。
知らない人のために自分が食い潰されることが。
生きたいとは思わなかった。
“使い物にならなくなった”がどんなことか想像してしまったから。
ソウが好きだ。
いや、もうすぐ好きだったになるかもしれない。
死ねば全てが過去なんだから。
最悪だ。
なんで、ただ気持ちを抱えたまま死にたかっただけなのに。なんでセイが。
俺の体は病院で昏睡状態。カミサマが要求するのは生きた、“活きた”生贄。
だから次のやつはちゃんと死んでくれるやつだといいな、なんて人ごとで世界を見ていた。
いわゆる幽体離脱。
それからはずっとセイを見ていた。
俺がいなくてもセイは上手くやっているようで安心したり。心配してくれないのか、なんて少し寂しくなったり。
実のところ前髪を伸ばしたのは生贄であることを悟られないためで友達をつくらなかったのは未練が残らないようにするためだった。
セイとの関係だって、大昔に一度だけ魔法を見せたというだけで終わるはずだった。
ああそうなのだ。
俺は魔法が使える。
一度、雨が嫌いと言った女の子のために空を晴れさせた。
高校生になった彼女は雨の日に毎日裏庭にくる。
明るくて、眩しくて。
恋を、していた。
ここで彼女のために生贄になろうとならないのが俺の醜いところだ。
ただ彼女の隣に居られないことに自暴自棄になってそこにたまたま幹線道路があったというだけ。
俺は飛び出して気づいたらこの状態。
そしてセイが生贄になる。
ああ俺死んだら、地獄行きだな。
私が生贄にされる日。
「最後に心残りは?」
「ひとつだけ。」
「……カミサマがきっと叶えてくれるさ。」
ここ数日の世話役の人に礼を告げ、鬱蒼とした青い森の中を進む。
崖にたどり着く。ここから飛び降りれば晴れて儀式は完了というわけだ。
思ってたより高い。まあいいや。
踏み出す。
足が空を切る。
重力に従って落ちていく。
「ソウ、会いたい。」
ふっと目の前が真っ暗になった。
〈それがお前の願いか?〉
気がつくと綺麗な森の中の泉にいた。
そこには白い大きな牡鹿がいてこちらを見ていた。
「あなたがカミサマ?」
〈そうだ〉
頭の中に響く声。
テレパシーというやつか。
〈ソウは使い物にならなくなった生贄だな。それに会いたいのか?あれが死のうとなどしなければお前はまだ生きていただろうに。〉
「そうなるんだ。」
〈自覚しとらんかったのか。〉
はあとやけにリアルなため息をついてカミサマは続ける。
〈生贄は誠意。誰かを犠牲にせねば何も得られんことの例え。あれは逃げた。種の存続のためには多少の犠牲は必要だというのに。定められた運命から逃げた。最低だ。それにここに呼ぶには死ななくてはいけないが、それでも平手打ちをかましたいというのなら………。〉
よし、決めた。
「ソウに会わせて。来世でいいから。」
〈何百年後になるか異世界になるかすらわからんぞ?〉
牡鹿はそう聞く。
「なんでもいいから。一瞬でもいい。ここじゃないところで会いたい。」
〈………お前の願い、叶えてやろう。そして、この世界に繁栄を。〉
意識が遠くなっていく。
最後に見えたのは美しい神さま。
今日は高校の入学式。あいにくの雨だった。
暇だったから、学校を探検しようと思って裏庭に行く。散りかけの桜の中、黒い傘をさした前髪の長い男子生徒の姿。
見たことあるな。
ここではないどこかで。
だから、こう言って話しかける。
「あなた、誰だっけ?」
2人一緒に 棘蜥蜴 @togetokge
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