第18話

 ゆーちゃんの家の前まで来てスマホを見ると、『鍵あいてる』ってメッセージが来てた。不用心だなって思いながら玄関を開けたら、壁に寄りかかって座り込むゆーちゃんがいて。


 あたしは泣きそうになりながら駆け寄った。

 ごめん、ホントにごめん。


 部屋までゆーちゃんを支えていって、クッションに座らせた。その身体を支えるように、あたしも隣に座り込む。

 洋服越しに触ったゆーちゃんの身体は骨張っていて、ぺらっぺらで、すごく軽くて、涙が出そうになるのを我慢した。


 ゆーちゃんが指さす方を見ると、奥さんのぬいが転がっている。あたしはそれを拾い上げ、テーブルに乗せた。


「これ、あたしのこと呪ってたやつ?」

「ううん……あれとは、別にね、笑歌のこと呪ってきた相手を、逆に呪ってやるって作ったやつ、なの」

「そうなんだ……」


 これだ。

 探すまでもなかった。目の前にあるこれが、本物の呪いのぬい。


 あたしは思わずぬいとゆーちゃんを交互に見つめた。

 ゆーちゃんはあたしの顔をじっと見た後、自分に何かがあったら燃やしてくれと言ってくる。


 ありがとう、ゆーちゃん。あたしのことをこんなにも信頼してくれて。

 そのおかげで、あたしの計画は上手くいきそうだよ。

 ゆーちゃんに多少怪しまれてでも計画を実行しようって思ってたけど、この調子なら最後まであたしのことを信じていてくれそうだなと思った。


 あたしのことを大好きなまま、綺麗で眩しいあたしを信じたまま、全てを終えられる自信が湧いてくる。


「ゆーちゃん、ごめんね、あたしのせいで。大丈夫だよね、きっと。元気なゆーちゃんとまた会えるよね」


 この言葉だけは、本心から出た言葉だよ。

 大丈夫。元気なゆーちゃんにまた会える。

 あたしも頑張るよ、ゆーちゃん。


 現状を聞いたあたしは、思いついたことを試してみることにした。エックスデーまで、可能な限りゆーちゃんには元気でいてほしいから。


 目を瞑らせて、水とかご飯とかを食べさせてあげる。

 なんだってしてあげる。だからもう少し、我慢してね。


 あたしはゆーちゃんのお世話をしながら、隙を見て御門先生と連絡を取った。

 エックスデーのことと、その日の流れを相談する。

 それから、じっくんの奥さんとゆーちゃん宛にメールを出してもらった。


 あたしはあたしで、じっくんに連絡を取る。


『月曜日の夜、会お! 五時過ぎに池袋ね~♡』


 その日のじっくんは17時に上がれるはずだった。案の定、すぐにオッケーの返事が来る。池袋はじっくんの会社と家の間にあって、定期圏内だから誘いやすさもあった。まあ、今あたしが誘ったらどこにでも来てくれるとは思うけど。


 ゆーちゃんが御門先生と話しているのを聞いていると、ああ、あたしがいるってバレてるな~って思った。言われなくても家までついて行ったりしないよ!

 あたしにだってやることあるんだから。


 せっかくだからあたしも会話に参加した。持ち物の確認は大事だよね。


 電話が切れて、部屋が静まり返る。あたしはわざと音を立ててゆーちゃんのリュックをひっくり返すと、をタオルにくるんで中に入れた。

 これで準備はバッチリだ。あとは当日、御門先生の演技がバレないことを願うだけ。あんなんだけど演技派だし、その辺りの心配はあんまりしてない。信じてるよ、先生。


 エックスデーまではちょっと時間があって、その間もずっとゆーちゃんは苦しそうだったけど、あたしがそばにいると少しは気分がマシになるって言っていた。


 結局あたしにはあんまり霊感はないっぽくて、ゆーちゃんを苦しめる原因そのものを見たり感じたりすることはほとんどできなかったんだけど、時々物凄い視線を感じることはあった。

 そういう時はゆーちゃんと手を繋いで、一緒にベッドに横たわる。

 もうすぐ解放してあげるからね。頑張ろうね。


 ついにやってきたエックスデー。

 二人で出かける準備をしていると、御門先生からメールが来ていた。ゆーちゃんよりも早く会う約束をしていたじっくんの奥さんは、ばっちり呪いのぬいを預けて家に帰ってくれたそうだ。

 第一段階はクリア。次は、ゆーちゃんの番だよ。


 一緒に池袋まで電車に乗って、改札前でゆーちゃんに別れを告げる。


「頑張ってきて……!」


 家に帰ると言ったけど、それは嘘。

 人混みの中に消えていくゆーちゃんの後ろ姿を見送って、あたしも改札から出た。


 ゆーちゃんとは逆方向。西口のエスカレーターを上がった先でじっくんを待つ。

 スタバでフラぺを飲み終わる頃、御門先生から上手くいったとの連絡が入った。


 ちょうどいいタイミングでじっくんから駅に着いたメッセージが来たから、スタバを出て合流する。もしじっくんがお腹空いてるって言ったら軽く食べてからと思ったけど、お昼が遅くてまだそんなに空いてないって言ったから食べないことにした。


 あたしもフラぺでお腹いっぱいだったし、オッケーオッケー。


 じっくんの手を引いて、御門先生の家に向かう。てっきり北口の方のホテル街に行くと思ってたらしいじっくんは戸惑ってたけど、あたしに言われるがままについて来てくれた。


 玄関の前で待っていた御門先生が、素早くじっくんのおでこに触れる。何か言いたそうな顔をしていたじっくんは見る間にぼんやりした顔になって、黙ったまま御門先生にも従うようになった。


「こいつが好きぴ? もっと頼りがいのあるやつにしなよ、ぼくとか」

「もう二十歳くらい若かったらいけたかもね~」

「まあいいけどさ、遊んでくれるだけで。準備はできてるよ」


 御門先生が示した先には、二つのぬいが並んでいた。

 奥さんと、ゆーちゃんの作ったぬい。

 あたしの計画のかなめ


「うまくいくかな」

「ちゅーしてくれたら百パーいける」

「はいはい」


 あたしは御門先生の首に腕を回し、薄く開かれた唇に舌を差し入れて深いキスをしてやった。

 硬くなった下半身を擦り付けてくるのを手でいなし、じっくんの隣に戻る。

 あたしがしてたことが見えてないわけないのに、じっくんは何も言わない。ただ前を向いて、真っすぐ立っていた。


「じゃ、あとはよろしく。こっちはこっちでやっとくからさ」

「さっさと済ませて混ざりに行くよ」


 それには返事をせず、じっくんの手を引いて奥の部屋へと向かう。

 八畳ほどの和室の四隅には紙がぶらさがった木の枝みたいなのが花瓶に入って置かれていて、それぞれの花瓶を細いロープが繋いでいた。

 ロープに足を引っ掛けないように中に入り、部屋の中央に敷かれた布団の上に立つ。


「さ、じっくん、ぬーいで!」


 じっくんに声を掛けると、一瞬考えるような間があったあと、ゆっくりした動作でスーツを脱ぎ始めた。あたしも着ていた服を脱ぎ、下着も外して生まれたままの姿になる。

 ボタンを外すのに苦労しているじっくんを手伝って全部脱がせた後、立ち尽くすじっくんの前に膝で立って、さほど勃っていないモノをぱくりと咥えた。


「ん、……じゅぷ、ちゅ……んん」


 唾液をまとわせて、指でも刺激を与えつつ絞るように吸い上げれば、すぐに元気になる。じっくんを布団に横たわらせ、あたしはその上に跨った。


 フェラしてたらあたしの方も勝手に準備万端になってるから、特にほぐすこともなく、いつものようにじっくんのソレをくぷりと飲み込む。無反応のじっくんはなんか萎えるから、「いつもみたいに激しくして」って言ったらちゃんと動くようになってくれた。


「あっ、ああ、じっくん……、じっくん……!」


 騎乗位ってなんか妊娠しにくそうなイメージがあったから、正常位で動いてくれて助かった。なんか重力に逆らうの大変そうじゃん、精子も。


 遠くから、御門先生の声が聞こえる。それに混じって微かにゆーちゃんの叫び声も聞こえた気がした。


 ちゃんと、死ぬかな。

 呪詛が返って、お互いに死んでくれるかな。


 あたし、奥さんのために赤ちゃん産むつもりはないんだよ。いらないの、あなたとじっくんの子なんて。

 欲しいのは、あたしとじっくんとの子なの。


 可愛い可愛い、なの。


「きて、きてぇ……! あたしのところに、あたしたちのところに、ねぇ、ゆーちゃぁぁん!」


 何度も、何度も何度もじっくんの子種を受け入れる。絶対に上手くいく。

 待っててねゆーちゃん、今、ゆーちゃんを孕んでみせるから。


「えーみかちゃん」


 廊下の床をギシギシ鳴らしながら、上機嫌の御門先生が部屋に入ってくる。

 その手には、ゆーちゃんの名前が書かれた紙があった。


「はい、お待たせ」


 その紙を、あたしのお腹に貼り付けて、御門先生の口から呪文が漏れる。

 その瞬間、紙が一気に熱くなって、燃え上がって、あたしのお腹の中がぎゅううって掴まれるみたいに痛くなって。


「妊娠おめでとう、えみかちゃん。さ、3Pしよ」


 ニコニコ笑って服を脱ぐ御門先生を無視して、あたしは泣いた。


 ああ、成功したんだ。

 全部、上手くいったんだ。


「ん、ちょっと待ってね」


 全裸の御門先生が、両手をバババって動かしてまた呪文を唱えた。

 パン!って何かが破裂するような音がして、思わず身体を震わせる。


「なに?」

「心配しないで。茉莉奈さんの子どもが来ただけだから」

「えっ」


 あたしは反射的にお腹を押さえた。

 強張こわばるあたしの身体を解すように、御門先生の手が背中をいやらしくなぞる。


「大丈夫だよ。消した音したでしょ?」

「風船割れたみたいな音?」

「そう。そんなことより3Pだよ。イケメンよりイイって分からせてあげるからね」

「ゆーちゃんいじめたら殺すかんね?」

「ちゃーんと、ゆーちゃんの魂ごと守ってあげるよ。アフターサービスね、お礼は母乳でいいから」

「ほんとキモいな……でも、ありがと。せんせーがいなかったら無理だったし」


 満足げに笑う先生と、何も分かってない顔で横たわるじっくんと。

 あたしは可愛い可愛いゆーちゃんが胎内に宿ったことを喜びながら、何度目かも分からない絶頂を迎えた。



§



「河合さん、おめでとうございます! 可愛い女の子ですよ」

「ありがとうございます……! やっと会えたね、元気なゆーちゃん!」



おぎゃあ

           おぎゃあ


  おぎゃあ

                 おぎゃあ

          おぎゃあ

   

     おぎゃあ



「旦那さんもほら、一緒にお写真写りましょ!」

「はい」

「お名前はもう決まってるんですか?」

「決まってるよね、じっくん!」

「はい、ゆりあです。河合、ゆりあ」


 すっぴんだけどめっちゃ笑顔のあたしと、ちっちゃくてしわしわのゆーちゃんと、まっすぐにカメラを見つめるじっくんと。


 あたしのだーいすきな家族。大切な家族。


 いっぱいいっぱい、しあわせになろうね。




                  おぎゃあ

  おぎゃあ


            おぎゃあ

    おぎゃあ

                おぎゃあ

   

          おぎゃあ




 ゆーちゃんはしばらくの間、泣き止まなかった。




河合笑歌-END

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