紫の煙に想いを乗せて

夕雲

紫の煙に想いを乗せて

 大学の近くにある喫煙所の1つ。

 その中で今日も俺は煙をふかしていた。


「ふーっ……」


 白い煙が顔に当たる。

 この喫煙所は人気のないところに立っており、利用者が少ない。

 校門の近くにタバコ屋があり、その前で吸っている学生も多いこともこちらに来ない理由の一つだろう。

 俺にとっては好都合だ。


 タバコミュニケーション、というのがあるのだがそれが俺は苦手だった。

 タバコを吸う時は独りで静かに吸っていたい。

 吸っていたいのだが…………。


「よっ。やっぱりいたな」

「先輩」


 喫煙所の扉が開かれ、先輩が入ってくる。


「もうちょっと詰めろ詰めろ。ここ狭いんだから」

「だったらタバコ屋の前あそこで吸えばいいでしょ」

「あれなー。アタシ思うんだけどああいう路上で吸ってる輩がいるから喫煙者の肩身が狭くなっていくと思うんだよ」

「それは同意ですけど。でも、他にも喫煙所あったでしょ」

「他はガヤガヤしててヤなんだよ」


 先輩はそう言いながらトントンとタバコを出し口に加え火をつける。


「…………ふぅ」


 俺の煙と先輩の煙が混ざりあって消えていく。


「なぁ、タバコの煙のことなんて言うか知ってる?」

「……公害ですか?」

「ちがわい! 紫煙だよ。し・え・ん! 紫色の煙と書くの!」

「あぁそれですか」

「なんで紫色の煙なんだろうな。白いのに」

「光の入り方によって青紫に見えるからってどっかで見ましたね」

「へぇ〜。物知りだな」

「逆になんで先輩が知らないんですか。話を振ってきたのそっちでしょう」

「ははは、アタシの話に意味があると思うな」


 またこれだ。

 ここで出会った時からそうだった。

 この人はよく分からないことを話しかけてくる。


「先輩は変わりませんね」

「失礼なちゃんと変わっていっているわ」

「どこがですか」

「香水変えたんだよ。どうだ? いい匂いだろう」

「タバコの匂いでわかんないです」

「しまった……。なら嗅いでみろ」


 先輩は俺の頭を掴み、自分の方へと引き寄せる。


「ちょっ」


 思わず抵抗し離れる。


「何考えてんですか! ……ビックリしたなぁもう」

「匂いがわからないなんて言うからだ」


 灰をトントンと落としながら先輩は不貞腐れる。

 本当によくわからない。


「勘弁してくださいよ……」

「その様子慌てぶりじゃ彼女もまだいないな」

「ほっといてください」

「友達は出来たか? まだぼっちか」

「あんたはオカンか。なんでそんなに気にするんですか」

「そりゃあ気になるさ。半年前……だよな?うん多分。半年前に寂しそーな顔して吸ってたの知っているんだから」

「そんな顔してません」

「いーやしてたね。 

 僕ぅ一人ぼっちで寂しんですぅ〜。

 って顔してた」

「腹立つなぁ」


 一本目のタバコが吸い終わりもう一本を加え火をつける。


「で、ぼっちは卒業できたの?」

「……ふぅ。できてませんよ。悪いですか」

「なーんだそっかそっか。まぁ元気出せよ若人よ!」


 先輩は笑顔でポンポンと肩を叩いてくる。

 なんだこの人。


「先輩こそどうなんですか」

「アタシ? アタシは普通に友達いるよ。この後も友達と一緒ご飯行く予定」


 あっけらかんと返される。

 その態度に悔しさのような恥ずかしさのようなものが込み上げそうだ。


「なんなら一緒に行くか〜? 先輩だし奢ってやるぞ」

「結構です」

「残念。友達に紹介したかったのに」

「ひとりぼっちの哀れなやつとしてですか」

「わはは。そのつもりは無かったけどその紹介がいいならそうしてあげよう」


 そうやって先輩はケラケラと笑う。

 そのつもりは無かったって言ったけど本当か?

 先輩はタバコをふかしながら続けていく。


「タバコ友達とか作ればいいのに」

「それが出来たら苦労しません。第一、俺がタバコ中に喋るのそれほど好きじゃないのは知ってるでしょ」

「そうだな。アタシが人気のないここに来たのも似たような理由だし」

「それは初耳です。先輩はタバコミュニケーションとやらが好きなのかと」

「言ったろ? アタシガヤガヤしてるのヤなんだよ」

「じゃあなんでこんなに話しかけるんですか」


 先輩も一本目のタバコを吸い終わり二本目に手をかける。


「知りたい?」

「そりゃ知りたいですよ。なんでわざわざここに来てまで喋るんですか」

「……」


 先輩はタバコを加え、ちょいちょいと俺に寄るように手招きをする。

 また匂いを嗅がせるつもりじゃないだろうな……。タバコを加えていれば危ないからそんなことはしないか……?

 そんな事を考え、警戒しながら俺は近づく。


「んっ」


 先輩はそのままタバコを加えながら俺が加えているタバコに合わせて火をつける。

 シガーキスというやつだった。


「これが理由」


 先輩はそう言って不敵に笑いタバコをふかす。


 これも意味の無いことですか?


 きっと加えているタバコのせいだろう。

 その言葉を俺は口に出せなかった。

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