第9話:継承


 「最近、また飛び降り未遂があったらしいよ」


 コンビニのレジで、若い店員たちが噂していた。

 湊は会計を終え、袋を手に外へ出る。

 空は曇り、雲の切れ間から夕陽が覗いていた。


 彼は歩きながら考えていた。

 もう何度目だろう。

 この数ヶ月で、湊の住む街では七件の未遂と三件の死亡事故が発生していた。


 すべて、飛び降り。

 そしてすべての現場には、共通する証言があった。


 ——「窓辺に、誰かがいた」


 それはまるで、何かに“見つめられた”から飛んだかのような証言だった。

 逆ではない。

 “救われた”のではない。

 見られたことが、引き金だった。


 湊は、自分のアパートに戻った。

 重い足取りで、エレベーターのボタンを押す。

 扉が閉まりかけたそのとき、誰かが滑り込んできた。


 女子高生だった。

 制服のリボンが崩れ、目元に隈がある。

 疲れたような、諦めたような顔をしていた。


 湊は自然に尋ねていた。

 「何階?」


 「——最上階」


 返ってきた声が冷たく、乾いていた。


 沈黙。

 エレベーターの中で、彼女がふと呟く。


 「飛び降りって、苦しいかな」


 湊は息を止めた。

 「……やめた方がいい」


 彼女は湊の顔を見た。

 目が合う。


 ——その瞬間、彼女の顔が変わった。


 表情が崩れ、頬に涙が伝う。

 「あなたの顔、見てたら……

  なぜか、怖くなくなった」


 エレベーターが開く。

 彼女は小さく礼を言って、廊下を歩いていった。


 湊は動けなかった。

 心の奥に冷たい実感が滲んでいた。


 彼はもう、“誰かを救う側”にはいない。

 彼の顔は、アオのように。

 “こちら側へ導く顔”になってしまった。


 その夜。

 湊は窓辺に立ち、カーテンの隙間から下界を見下ろしていた。


 通りすがる人々。

 誰かが、ふと立ち止まる。

 顔を上げ、窓を見た。

 ——目が合う。


 湊は、静かに微笑んだ。

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