第2話 狸、女に溺れる
日が落ち、夕闇がミラージュ要塞を覆い始めると、兵士達はその日の戦の緊張から解きほぐされていった。
ミラージュ要塞——レグナス帝国がダンジョン争奪の前線基地として築いた簡易城塞は、魔具を利用した魔術工兵たちの力により、ひと月も経たず骨組みを成した。 商業の中継地だったエリアに築城されたこともあり、数千の兵士と職人、商人が集まる小さな街へと成長していた。
その要塞は、質素な城壁と魔力結界に囲まれ、雑然とした布製の野営天幕がひしめく一方で、中央には司令部と魔術師・
南西の一角には、兵士たちの命の保証なき明日への逃避のため『歓楽街』が設けられている。
その歓楽街の一幕。
ある天幕の中では一匹の“狸”が酒と美女に囲まれ大いに楽しんでいた——
「や~んっ♡クロウ様かわいすぎ! ずっとその姿でいてほしい〜!」
赤髪のツインテールが揺れる、胸元の大きく開いた艶やかな服をまとった童顔の娼婦—リリアが、我慢できないとばかりに跳びつき、もふもふの頬に頬ずりする。
その腕の中にいるのは、笠をかぶり深緑地に桔梗麻の葉の羽織を身に着けた一匹の狸――「クロウ」と呼ばれる
「カカカカッ!だがこの姿ではおぬしらを抱いてやれんでなぁ」
上機嫌に笑う九朗。
「えーっ! クロウ様ならどんなお姿でも一生懸命ご奉仕しちゃうもんっ!」
顔を彼女の胸元に埋める形で抱きしめられると、九朗は邪魔になった笠を乱暴に放り投げた。
「ちょっとリリア! クロウ様はお怪我なさってるのよ。乱暴に抱き上げないで!」
金髪のしっとりとした美女エレナがたしなめると、九朗はリリアの谷間に埋もれたまま嬉しそうに喉を鳴らした。
「クククク……気にせんでいいぞ、リリアもエレナも。この姿で乳に挟まれると、傷の癒えも早いのだ」
「クロウ様ってば、エッチなんだから〜!」
「あと何度も言うがな…わしはクロウ↑ではなく、クロウ↓じゃ」
狸姿で語る九朗だが、彼女たちは『抱っこ権』を奪い合うのに夢中で誰一人聞いていない。
やがて谷間から解放され、エレナの膝の上に落ち着いた九朗は、酒を口に含んでしげしげと傷跡を舐めはじめた。
「まだ痛むんじゃないの?」
エレナが心配そうに茶色の体毛に隠れた傷跡を覗きこむ。
「確かに厄介な傷を負わされたが――おぬしらのたわわな乳でかなり癒えた」
「も~、クロウ様ってば……!」
そんな賑わいの中、天幕の入口から控えめなノック音が響いた。
「クロウ様。お楽しみのところ恐れ入ります。ハウロ様よりお呼びがかかっております」
青年タリムが丁寧に頭を下げながら告げた。
彼は
「なにぃ? 戦の疲れを癒す貴重なひとときに、このわしを呼びつけるとな!私娯を遮るとは何事か!」
九朗は三方の双丘に埋もれながら不満を露わにすごんだ。
「も、申し訳ありません……!」
たじろぐタリムの様子に満足すると、九朗は鼻を鳴らして跳ね起きた。
「まぁ、よかろう」
「皆、すまぬ。少し席を外す。戻ったらまたたっぷり楽しもうぞ」
そう言って、羽織から金貨を数枚取り出し、卓に放る。
「これで好きなだけ飲み食いしておくれ」
放り投げた金貨が音を立てる中、九朗は前足で笠を拾い羽織を翻しながらふわりと歩み出る。
その背に金貨を手にした女たちの明るい声と笑い声が追いかけてきた。
「きゃっ、本物の金貨よ!」「クロウ様、太っ腹〜!」「次は私がいっぱい抱っこする番だからね〜!」
九朗は笑みを浮かべ天幕を後にする。
「ククク……骨の髄までしゃぶられるわい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます