第2話 決意

寝室の前まで来た。ドアノブに手をかけ、ゆっくりとひねる。


――パリン!


何かが割れる音がした。俺は驚いたが、すぐに勢いよくドアを開けた。目の前の光景を見て、全身に緊張が走った。


ベッドの上には全裸で横たわる姉さんの姿。髪はぼさぼさで、太ももやお腹に青いあざ、首に絞め痕、ベッドのシーツには赤黒い血痕が目立ち、ピクリとも動かない。

窓には今にも逃げ出しそうな男三人、一人の男が短剣の柄の先端で窓を割っていた。

中肉中背で腰には短剣、腕には”三つ目の悪魔”が描かれていた黒いバンダナを巻いている。俺を見るや否や一人の男が叫んだ。


「だから早く出ようって言ったんだ!!」


「仕方ないだろ、俺は長く楽しみたい派なんだよ」


男三人はなにやら言い争いをしている。だが状況を掴めない俺はただ立ち尽くし、男たちの口喧嘩を聞きながら、姉さんをのほうを見ていた。


「おい、見られたぞ、どうする」


「…殺すしかないだろ」


その言葉を聞いた俺は、無意識に男三人のほうを瞬時に見た。

ドスッと言う鈍い音とともに俺はダイニングに転がった。腹部に鋭い痛みが走り、息がうまくできない。


(なんだ――蹴られたのか?)


顔を上げると、もう一発蹴られた。顔だ。頭部を先頭に体ごと吹っ飛んだ。前に白い物体が飛んでいるのが見えたが、考える暇もなく、次から次へと蹴られた。

背中、腹部、顔——もうどこを蹴られているのかわからなくなった。反撃しようと足を掴んだが、相手の手数に圧倒され、離してしまった。


攻撃が終わると今度は男一人に羽交い絞めにされ、男二人に腹部を徹底的に殴られた。何発かみぞおちに入り、息ができず、酸素が取り込めない。しだいに視界がチカチカとかすんでいった。やがて意識が遠のき全身の力が抜けきった。


目を覚ましたのは、真っ黒な静寂が広がる夜だった。

全身に痛みが走る。窓から差し込む月明かりに照らされながら、重い体を起こす。

痛みに耐えながら、ふらふらと一歩ずつ歩を進めた。姉さんがいる寝室へ。


姉さんを目の前にすると膝から力が抜け崩れ落ちた。ベットから垂れ下がる冷たい手に触れる。色白で小さく細い指、血の通っていない手のひら。温めるようにやさしく両手で握った。温もりが戻ってくるよう、祈るように。


「起きてよ、姉さん・・・姉さん!」


視界がぼやけてきた。姉さんとの思い出が涙と一緒にあふれ出てきて、胸が締め付けられる。


「まだやり残したことが・・・あるのに・・・」


悲しみ、怒り、悔しさ――感情がぐちゃぐちゃに絡まり、押しつぶされそうだった。反応がなくても声をかけ続けた。現実を受け止めたくなかった。


その日は涙が枯れるまで一晩中泣いた。

そしてアレンの声だけが寝室に寂しく響いた。


――夜明け

姉さんは起きなかった。少しでも期待した俺がバカだった。人形のように動かなくなった姉さんに服を着せ、シーツを変え、仰向けに寝かせた。顔についている乾いた血をタオルで拭き、うつろな目で姉さんを見る。

ごめんね…姉さん。


寝室を背に向け、ダイニングに向かう。

蒼鋼で鍛えられた長剣、斜め掛けのバッグを準備し、姉さんのペンダントを身に着ける。そして、一緒に食べるはずだった、姉さんが好きなスライムベリーのケーキを冷室から出した。二人分を机に置き、目をつぶり食べ始める。一つ食べ終わると席を立ち、寝室へ向かった。


「ここに置いとくね」


ベットの脇にある小さな机に置いた。


「——行ってくるよ、姉さん…」


姉さんのために貯めていたG《ゴールド》を斜め掛けバッグに入れ、腰に長剣を身に着け、歩き出す。思い出を噛みしめて。

小屋から出ると厳重に施錠をし、振り返りつぶやく。


「三つ目の…悪魔」


姉のペンダントを握りしめ思い出す。

窓を割った”赤髪の背の高い”やつ、仲間に怒鳴った”茶髪の背の低い”やつ、そして俺を蹴飛ばした”黒髪の蒼い瞳”のやつ。顔は覚えた。

こいつらは絶対に許さない。姉さんをおもちゃにして、殺した。俺の唯一の家族を殺した。地の果てまで追いかけ、刺し違えてでも殺してやる。


姉さんの恨みは俺が晴らす。

拳をぎゅっと握りしめ、声にならない怒気を滲ませながら森の奥へと歩いていく。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る