暗闇の中の贈与(短編)
桶底
扉のない部屋で、ひとり掘り続ける
少年は、薄暗い小屋の中に閉じ込められていた。
窓も扉もない。壁も天井も、隙間なく木の板で打ち付けられている。
その板のあいだから、わずかな光だけが筋のように差し込んでいた。
外には出られそうになかった。
板のすきまから手を差し込むことはできても、身を通すほどの広さはなかった。
少年は足元でツルハシを見つけると、まず壁を壊そうとした。
だが、木板はびくともしない。
仕方なく、彼は地面に向かって掘りはじめた。
すると、土の中から、まばゆく光るものが現れた。
掌に乗るほどの金色の塊──
「金だ……! 外に出られたら、僕は大金持ちになれるかもしれない!」
少年は夢中で掘り進め、ゴロゴロと金塊を掘り出しては、ひとところに積み上げていった。
空間のすき間から差す光が、舞い上がる土埃を照らし、金塊の表面をかすかにきらめかせた。
ふと休憩していると、壁の向こうから声がした。
「ねえ、キラキラしたやつ、僕にくれないかな?」
見ると、壁のすき間から誰かの手が差し出されていた。
金塊を欲しがっているらしい。
「どうして必要なんだ?」
「それを食べないと、僕は光を出せなくなっちゃうんだ。そしたら、君に光を届けられなくなるよ」
もし外の世界から光が消えれば、せっかくの金塊もただの土と変わらない。
そう思った少年は、金塊をその手に渡した。
手が引っ込み、壁のすき間が少し開くと、光が差し込み、空間がまた明るさを取り戻した。
それからというもの、少年は金塊を掘り起こし続けた。
壁のあちこちから差し出される手に、それらを渡し続けた。
最初は面倒に思ったが、やがて少年は、「外の人は空腹なんだ、きっと困っているんだ」と思うようになった。
渡した金塊で、彼らが生き延びられるのなら。
そう考えると、掘ることにも意味が感じられた。
けれど、しばらくすると奇妙なことに気づいた。
差し出される手の数が増え、すき間のほとんどが埋まってしまったのだ。
光は少なくなり、部屋は次第に暗くなっていった。
「ねえ、少しだけ、光の通り道を残しておいてくれないか。暗くなったら、金と土の見分けもつかないんだ」
そう訴えても、外の声は叫ぶばかりだった。
「早く寄こせ! 腹が減ってしょうがないんだ!」
そのうち、あらゆるすき間に手が差し込まれ、室内はほとんど真っ暗になった。
少年は何が金で、何がただの土かもわからなくなった。
手探りで、手に触れたものをそのまま、押しつけるように渡していった。
「なんだこれ、ただの土じゃないか! だましやがって!」
「違う、違うんだ。暗くて、わからなかっただけなんだ! 順番に、ちゃんと待ってくれ!」
だが、怒った声が飛び交い、手はすべて引っ込められ、次々と穴が塞がれていった。
気づけば、光の入る場所は一つも残っていなかった。
本当の暗闇が、訪れた。
少年はツルハシを握り直し、再び穴を掘り始めた。
けれど、今掘っているのが深いのか浅いのか、金塊なのかただの泥なのか、もう何もわからなかった。
自分が持っているものの重さすら、思い出せなかった。
誰にも求められることのない空間で、彼はひとり掘り続けた。
それが何のためかも、もう思い出せないまま──
暗闇の中の贈与(短編) 桶底 @okenozoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます