あなたのいる星
雪乃采花
第1章
確かに僕たちはあの時、同じ時を過ごした。
今はどこにいるかも分からない君にたまらなく会いたい。どんなに遠くにいたとしても、僕が探し出してみせる。
きっと僕たちはまた巡り会える。なんとなくだけど、そう思ったんだ。
物心がついた頃から、僕は独りだった。親の顔も愛というものも何も分からない。ただただ胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさだけがいつもあった。
だけど、夜になるとそんな気持ちが不思議と和らいだ。夜空に浮かぶ無数の星。白や黄色、オレンジ。さまざまな色に輝きを放つその中にたった一つだけピンク色に輝く小さな星があった。この星を見ると何故だか温かく優しい気持ちになれた。
あの星を見つけたその日から、僕は夜が待ち遠しくなった。窓を開き、ピンク色の星に触れようと手を伸ばす。もちろん、空の星に触れられることはない。でも、少しでもあの星のそばにいたいと思うようになった。次の日、この街で一番高い丘の上にある公園に向かって僕は歩いた。道中家族で笑い合う声が塀の向こうから聞こえた。昔はこの声を羨ましく思ったり、疎ましく思っていたりしたが、今はなんとも思わない。それほど僕はあの星に夢中になっていた。
夜空に吸い込まれそうに伸びる階段を登りきると、丘の上には息を呑むほど美しい満点の星空が広がっていた。その星の中にあのピンク色に輝く星もあった。
ブランコに腰掛け、あの星を見つめていると突然強い風が吹いた。耐えられず、目を瞑ったとき、甘い砂糖のような香りが鼻先をくすぐった。瞼を開けると、さっきまで周りに誰もいなかったはずのその場所に一人の少女が空を見上げて立っていた。
月明かりに照らされ星のように輝く金色の髪。風に柔らかく揺れるピンク色のノースリーブのワンピース。袖から伸びる真っ白で柔らかそうな腕はまるで天使の羽のようだった。気づけばその子の後ろ姿から目が離せなくなかった。
「ねぇ、星って何でできてると思う」透き通るようなきれいな声が公園に響く。後ろにいる僕に気づいていないと思っていたから、突然尋ねられて僕は声が出なかった。その子はこちらを振り向いた。その子の瞳はアクアマリンのような水色の瞳をしていた。
彼女は隣のブランコに腰掛けた。視線がぶつかった。まっすぐ見つめられると、その透き通るような水色の瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
「それなら知ってるよ。星の中心で水素とかのガスが核融合反応っていう現象を起こして燃えているからなんだって」
彼女から目線を逸らして質問に答える。あの星のことが気になってから僕は星や宇宙に関する本をたくさん読んでいた。そこで知ったことを自慢げに答えてみたのだけど、彼女はブランコに揺られながら可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「残念。星はそんなもので輝いてないよ」
「そんなことないはずだよ。だって、本で読んだんだ。じゃあ、どうやって輝いているの?」 すると、彼女はブランコを漕ぐのをやめ、僕の方を見つめてこう言った。
「妖精の流す涙よ」
「妖精の流す涙?初めて聞いた。そんなものが星を輝かせているっていうの?」
「そうよ。その顔、信じてないでしょ。いいよ、あなたには特別に見せてあげる」
そういうと彼女はポシェットから小さな可愛らしい形をしたガラスの小瓶を取り出し僕に差し出した。小瓶の中身を覗いてみると、赤や青、黄色に白など様々な光を放つ金平糖のようなものが入っていた。その光は瓶を覗き込む僕たちを優しく照らした。
「これが妖精の涙だよ。恋をした妖精が流した
涙がこの光の粒に変わったという言い伝えからこう呼ばれるようになったの。これがないとね、星は輝くことが出来ないんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
僕は彼女の言うことが現実離れしていて信じられなかったけれど、彼女は当たり前だと言わないばかりに自信満々に笑っている。僕はもう一度瓶の中の妖精の涙という光の粒を見つめた。
「妖精の涙の光って優しい感じがしてきれいだね、なんだか形も金平糖みたいだ」
「こんぺいとー?」
「もしかして、金平糖を知らないの?」
彼女は不思議そうな顔をして頷いた。
「金平糖っていうのは砂糖で出来ていて、小さな角をまとっている粒みたいなものって言ったらいいのかな……。ちょっと星みたいな形だなってきっと見たら思うよ。甘くて女の子はみんな大好きだよ」
「そうなんだ。それはどんなものか私も見てみたいな。甘い星ってどんな感じなんだろう?」
彼女は妖精の涙を見つめてまだ知らない金平糖のことを想像しているようだった。
「ねぇ、何で君はこんなものを持っているの?」
そう尋ねると彼女はまたクスクスと笑って、立てた人差し指を口にあててこう答えた。
「それは秘密だよ」
なぜだか、その時の彼女の表情は笑っているはずなのに、月明かりに照らされ顔に影が差していたせいかどこか寂しそうに感じた。これ以上のことを聞いてはいけない。
なんとなくだけど、そんな気がした。
「そろそろ帰らなくっちゃ」
彼女はピンク色の輝きを放つ小さな星を見つめいた。いつの間にか夜空の向こう側は明るくなってきていた。
「ちょっとの時間だったけどあなたと一緒に星を見れて楽しかったわ、ありがとう」
彼女はブランコから立ち上がり手を振ると公園の入り口に向かって歩いていった。ただ一度、彼女と一緒に星を見ただけだ。でも、僕と彼女はずっと前から一緒にいた気がして別れることが辛かった。
なぜだかこのままずっと彼女に会うことはなくなってしまう。
なんとなくだけど、そんな気がした。
気が付くと僕の体は勝手に動いていた。帰ろうとする彼女の手を掴んで引き留めていた。
「ねぇ、さっき金平糖食べてみたいって言ってたよね、ここにまた来れないかな。僕はいつもここにいるから。今度金平糖を持ってくるよ、一緒に食べよう。それでまた星を見ようよ」
彼女は驚き、嬉しそうな表情を一瞬浮かべたが、悩んでいた。僕はそんな彼女に右手の小指を差し出した。彼女は何かよく分かっていないようで、ただ僕の差し出した小指を見つめていた。僕は彼女の手を取り、僕と彼女の小指を結ばせた。
「これは指切りって言って、約束するときにするんだ」
「そうなんだ。……ねぇ、もし私がここに二度と来れなくて約束が守れなかったらどうなるの?」
「大丈夫、僕が絶対に約束を守ってみせるから。君がここに来れないなら、僕が君のいるところに会いに行く。どんなに遠くでも、暗闇にいても必ず見つけ出すから」
彼女はそれを聞くとクスクスと笑い、うつむいた。
「あなたならほんとにできてしまいそうね。なんとなくだけど、そんな気がする」
彼女の小指の握る力が少し強くなるのを感じた。うつむく彼女の顔から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
ポロンというキレイな音が公園に響き渡る。
その後のことはなぜだかはっきりと思い出せない。眩しさを感じ目を開くと、水色に黄色いが混じり合って綺麗なグラデーションになった空が広がっている。朝日を浴び明るくなった公園のベンチに僕は横たわり眠っていたようだ。あの出来事は夢だったのだろうか。
身体を起こし彼女が揺られていたブランコのもとに行くと、地面にキラッと光るものが落ちていた。拾うとそれは彼女が見せてくれたものと同じ、ピンク色に輝く妖精の涙だった。
きっとこれは彼女が流した涙。もしかしたら、彼女はいつも僕が見ていたあの星の妖精だったのかもしれない。あの星を見つけた瞬間から、僕は惹かれていた。触れられるほどそばにいたいと思う僕の気持ちが彼女に届いて、目の前に現れてくれたのかもしれない。
なんとなくだけど、そんな気がした。
僕は彼女と出会ったことが夢ではなかったのだと妖精の涙を見ると嬉しかった。
だけど、それ以降彼女が僕の前に現れることはなかった。
あなたのいる星 雪乃采花 @snow1206ayaka
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