首つり狸

 友達が「トイレでタヌキが首をつっていた」と言い出した。そういうものを見たのだと言う。(学童保育の部屋にいたから、これは小学校の2~3年頃のことだ。)


 何それ、トイレってどこの?

「2階の奥のところ」

 校舎の端の、体育館に続く辺りにあるトイレだ。体育の授業前後にはみんな使っているが、夏休みなのでしばらく行っていなかった。じゃあすぐに見に行こうと私たちは言った。

「いや、3日くらい前だから、もういないかも」

 なんで今言うんだ。すぐに言えよ。ごめんごめん、なんだか言い出せなくて。でも首をつってるなら「死んでる」よね? まだいるんじゃない? 先生が見つけて埋めちゃったかも。


 ……そもそも山が近いとは言え、校舎内に狸がいるとは思えない。このあたりの記憶はだいぶと曖昧なのだが、それも彼の話をほとんど信じていなかったからだろう。


 しかしその場にいた誰かが口にした「トイレの首つり狸」という言葉がなんとなく面白く、また恐ろしく、それは学校の怪談として、少しの間だけ流行った。流行ったといっても私たちの学年くらいだったはと思うのだが。


 くだんのトイレの3番目の個室に入ると、首をつった狸の霊が出る。妖怪だか幽霊だか化け狸だか、なんだかよくわからない存在で、しかも何をされるという話もないのだが、面白がって個室に籠る奴もいた。

 私はと言えば、当時そこはかとなく動物全般が苦手だったので、一応そこを避けた。


 人の噂もなんとやらで、新しく「プールの下に棲む巨大イタチ」の話が流れると、首つり狸の怪談もささやかれることがなくなった。私も普通にくだんのトイレを使うようになる。


 変な記憶というのはここからで、そのまま夏休みに入り、家族旅行で四国に行った。

 四国のどこだったのか定かではない。ただ料亭だか、道の駅の食堂だか、とにかく食事のために途中で立ち寄ったところの店先に。

 首つり狸がいた。


 それは剥製に見えた。狸の剥製を後ろ足で直立させ、頭に笠をかぶらせて、あの信楽焼の狸の格好にしたものだった。手には店名を書いた赤い旗が握られていた、と思う。狸の足下に30センチほどの板が立っていて、筆文字で「首つりたぬき」とあった。

 ぞわぁ、っと寒気が走って、私はすぐに目を逸らした。二度とそれに目を向けたくなかった。食事中も気が気でなく、店を出る時にはうつむいて突っ切った。


 これは、それだけの話だ。

 確かに四国には「首つり狸」という化け狸の話が残っているらしい。ただそれは人を惑わせて首をつらせる、いわば「首つらせ狸」である。ついでに言えば江戸末期の奇談集『想山著聞奇集』には人間と狸が首つり心中をして狸だけが死ぬ話があり、これは立派な「首つり狸」である。


 いずれにしても、剥製にそのような名前を付けるなんてことがあるのだろうか。幻覚や見間違いかも知れないが、1990年代の中頃、四国のどこかにそんな剥製があったことを知っている人がいれば、お教えいただきたい。

 

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