嘘つきと呼ばれた子ども(短編)
桶底
川に沈んだもの
「誰か、助けて! 妹が落ちそうなんだ!」
森を駆け回るびしょ濡れの少年の声が、木々に反響した。
それを聞きつけた鳥が、枝からひょいと顔を出す。
「何があったのさ」
「妹が木に登って、枝先で動けなくなったんだ。しかも、川の上なんだ!」
鳥は首をかしげた。
「心配いらないさ。あの川は浅いし、流れもない。君が下で受け止めればいいだろう?」
「それが……僕、水が怖いんだ。川に入ってみたけど、うまく立てなかった」
鳥はため息をついた。川で溺れた友達なんて一羽もいない。少年の怯えが、大げさに思えた。
「まあ、それはともかく、ちょうど困っていたところなんだ。この木、トゲだらけで実が採れなくてさ」
「僕が取ってあげるから、その代わり妹を助けてよ」
少年はスルスルと木に登り、トゲをうまく避けて、立派な実を一つ鳥に渡した。
「ほら、取ってきたよ。今度は君が助けてよ」
けれど鳥は言った。
「いや、僕には無理だよ。君の方がずっと身軽じゃないか」
少年はがっかりして、その場をあとにした。そしてまた、声を張り上げた。
「誰か、妹が落ちそうなんだ!」
すると別の声が返ってきた。
「僕だって、助けてほしいんだ!」
声のする方へ走ると、クマが岩壁に手をつき、狼狽していた。
「弟が、この岩の中に閉じ込められてしまったんだ。崩れた岩で穴が塞がれてしまって……」
少年はしばらく状況を見つめた後、冷静に岩をどかし、弟のクマを救い出した。
ふたりの再会を見届けてから、少年は言った。
「僕も、妹を助けてほしい」
だがクマは首を振った。
「君ほどの者が助けられないのに、僕なんかに何ができる?」
少年は落胆し、再び助けを探して森を歩いた。
すると、黒煙が空へ立ち昇っているのが見えた。火事だった。
木々が燃え、動物たちは遠巻きに見ていた。木の高いところに、リスが一匹、取り残されていた。
少年は言葉をのみ込んだ。「妹を助けて」と叫ぶよりも、今は目の前の命を救うべきだと、そう思った。
彼の体は、まだ濡れていた。火の粉をはじき、燃えやすい毛皮もない。
少年は覚悟を決めて、燃え上がる木に登った。火は激しく、熱気は容赦なかった。けれど彼は、すいすいと枝を伝い、ついにリスを救い出す。
助けたその場で、少年は力尽きて倒れ込んだ。
ボロボロの体で、震えながらかすれる声を発した。
「……妹が、川に……落ちそうなんだ」
それを聞いた動物たちは、少年を抱えて川辺へと急いだ。
枝先には、小さな人形がひとつ、ひっかかっていた。
「これが……妹?」
動物たちは顔を見合わせた。人形はただの布切れで、落ちても沈むようなものではなかった。
「まったく、大袈裟な……」
そう言って、動物たちはひとり、またひとりと引き上げていった。
けれど、リスだけは違った。
助けてもらった温もりを思い出しながら、人形のもとへと木を登っていった。
そのとき、風が吹いた。人形は枝から離れ、川へと落ちた。
「待って!」
リスは飛び込み、人形を抱えて岸へと泳ぎついた。
そして、見れば──少年もまた、最後の力をふりしぼって川へ飛び込んでいた。
人形は助かった。だが、少年の姿は水面から消えていた。
「ねえ、誰か! あの子を助けて!」
リスが叫んだ。しかし誰も動かなかった。
「彼は、大嘘つきだよ。こんな人形を妹だなんて……」
鳥も、クマも、恩を忘れたように背を向けて言った。
「本当は自分で助けられたんだ。みんなを巻き込んで、自分を良く見せたかったんだよ」
誰も、リスの話に耳を貸さなかった。
「君は、助けられた立場だ。これ以上、騒ぎ立てるのはやめておきな」
そう言われたリスは、ただ川を見つめた。
人形を抱きしめながら──少年の“妹”と一緒に、じっと水面の向こうを見つめていた。
嘘つきと呼ばれた子ども(短編) 桶底 @okenozoko
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