LOG_02 : Stagnant Water

[ 02:14 | 旧市街・裏通り ]

SUBJECT: 羅敷園 翼 / FILE: 灰色のチョーク


──放課後。


俺は繁華街を抜け、裏路地を漂う。


この制服のまま、パーカーを羽織って、

誰かの命を奪うのも、もう数えきれないほどだ。


陽が落ちるたび、俺は街を赤に染める。

“灰色”の朝の続きには、必ず“赤色”がある。


最初は、抵抗があった。


──人を殺すなんて、絶対にありえねぇ。


そんな常識も、飢えと孤独と、何より「生き延びるため」って理由で、あっさり踏み越えた。


金のためでもない。

恨みでも、正義感でもない。


ただ、俺にはこれしかなかった。


それだけだ。


喉の奥が乾ききっている。

息を吐くたび、肺が焼けるように痛い。


それすらも、もう当たり前になった。


(さて、始めるか)


俺はターゲットの背後に音もなく忍び寄り、ナイフを突き立てた。

ズブリと鈍い音が肉を裂き、熱い血が一気に手元に噴き出した。


ターゲットは驚愕に目を見開いたまま、声も出せずに喉を引きつらせ、

肺の中の空気がぶくぶくと泡立つ音を立てた。


シャツが、血と体液でぐちゃぐちゃに染まっていく。


肺を刺した感触。

ブツリと何か柔らかい膜を破ったときの、独特の「軽さ」。


男は足元から力が抜け、ひざを折って、

壁に沿ってずるずると崩れ落ちた。


頭を打ったらしく、乾いた音が石畳に響く。


夜の街は、そんな音にすら無関心だ。


深夜2時。

旧市街の裏通り。

看板のネオンは青く光り、ホログラムの女が「今夜も、お疲れさま」と機械的に

笑っているのが見える。


まるで、全部が作り物みたいだ。

死すらも演出みたいで、笑えてくる。


俺は淡々とナイフを拭った。


鉄と血と、湿ったアスファルトの匂い。


そういうのも、慣れだ。


人間ってのは、狂った構造でも気が付けば

適応している賢い生き物だ。


殺しを終えたばかりの空気は、

いつだって静かで、重い。


匂いが鼻について離れないまま、

俺は、裏通りを抜けた。


夜は、誰にとっても平等に更けていく。


俺みたいな奴にも、

どうにか朝は来る。


朝?__そんなもんとうに終わってる。

昼休みのチャイムが、遠くで鳴っていた。




[ 12:32 | 皇星学院・屋上 ]

SUBJECT: 羅敷園 翼 / FILE: 濁った水張り



制服のシャツにパーカーを羽織って、俺はだるそうに校門をくぐる。


──別にサボるつもりはなかった。

ただ、朝から来るほど律儀じゃないだけだ。


教室に入ると、奇妙なざわめきが広がっていた。


机を寄せ合ってしゃべってるグループ、スマホを見せ合う奴ら、

どこもかしこも、いつもより空気がざらついてる。


(……なんだ、この感じ。)


誰かが、「昨日、旧市街で人死んだらしいよ」とか囁いてるのが聞こえた。


「殺人?マジ?」

「いやでも、警察来てなかったらしいし……」


断片的な噂が、教室中をうろうろしてる。


俺は適当に自分の席に荷物を放り投げた。


べつに驚きもしねぇ。

あの街じゃ、血が流れても珍しくない。

俺が一人殺したところで

ニュースにすらならない。


ただ、ここ──“表”の学校にまで噂が流れてくるのは、少しだけ、珍しい。


──屋上。


ちょうどいい場所を探して逃げるように屋上へ向かうと、先客がいた。


「やっとご登校ですか、血だまりプリンセス」


柵にもたれながら、

端末を片手に藍斗が笑っていた。


「やめろ。センスゼロのあだ名はお断りだ」


「お嬢様よりマシだろ」


俺は隣に立ち、ポケットに手を突っ込んで

空を見上げてみる。


でも、どんよりした灰色が、

俺たちをただ見下ろしているだけだった。

 


藍斗が端末を横目に、声を落とす。


「──なぁ、昨日の夜、ちょっと動きがあった。」


「動き?」


「乃々が拾った。裏の掲示板に、旧市街のログが一瞬だけ流れた。

死体が出たのは確かだけど──現場周辺、全部の監視ログと通信履歴が吹き飛ばされてた。」


俺はポケットの中で、無意識に指を組んだ。


「へぇ。」


「今回はレベルが違う。

街のネットワーク自体が、一時的に政府帯域に遮断されてたらしい。

普通のチンピラの仕事じゃねぇな。」


藍斗は薄く笑った。


「組織ぐるみか、あるいは

──政府直属の仕事かもな。」


俺は鼻を鳴らす。

政府、それはこの世界で一番厄介な奴らの

集まりだ。


「まぁ、俺はどうでもいいな」


政府がどうとか、考えるのも面倒臭い。

あんな組織、俺の思考回路に加わるのすら

腹立たしい。


「ま、翼からしたらそうだよな」


藍斗は煙草を取り出し、火を点けた。


「──乃々に、もう少し探らせる。

明日には、何かしら引っかかるだろ。」


「……乃々か。お前の妹ってのは、本当に便利な奴だな」


藍斗は煙を吐きながら、苦笑した。


「あいつ、腕はいいからな。

でもお前に会わせたらたぶん言い合いになる。」


「……それはそれで面白ぇかもな。」


「やめとけ。今まで通り業務連絡だけにしろ。

乃々とのやりとりは電話かメッセージ。直接は推奨しねぇな」


俺は小さく笑った。


(──昔はませたクソガキだったのに、藍斗はどんな教育をしたらそうなるんだよ)


しばらくの無言。


屋上の風だけが、話し疲れた俺たちの間を通り抜けていった。


俺は空を見上げる。


今日も、暗く曇った灰色だ。



──そして夜が、また来る。


赤に染まる──夜が。

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