ぼくの“うち”は、どこにある?(短編)
桶底
カタツムリとリス
ある森の奥に、カタツムリとリスが暮らしていた。
ふたりは友達で、毎日を仲良く過ごしていた。
カタツムリはときどき、リスの木のくぼみにある巣で一緒に眠った。
ある晩、リスはふとつぶやいた。
「いいなあ、カタツムリは。おうちを背負ってるから、どこでだって眠れる」
その夜、強い風が森を駆け抜けた。
木の葉がひゅうと揺れ、カタツムリは乗っていた葉ごと吹き飛ばされそうになった。
リスはとっさに彼をつかんだが、風はふたりまとめて空へさらっていった。
どれくらいのあいだ、風に巻かれていたのか。
気づけば、見知らぬ場所で夜が明けていた。
「ここ……どこだろう?」
ふたりはまわりを見渡した。
木々の並びも、匂いも、何ひとつ覚えがなかった。
「ここを、ぼくの新しい巣にしようか」
カタツムリが見つけた大きな木の穴を指して言った。
リスはしぶしぶうなずいたが、巣に入るとため息をついた。
「でもね、ぼくは、あの家が気に入っていたんだよ」
「まあまあ、ここもきっといいところだよ」
そんなふうにして、ふたりの新しい暮らしが始まった。
けれども、リスの様子はどこかおかしかった。
朝になっても巣から出てこず、ずっと眠ってばかりいる。
「リスさん、具合が悪いの?」
カタツムリが心配してたずねると、リスは目を閉じたまま、かすれた声で答えた。
「目をつむれば、どこだって真っ暗だ。ここだって、あの森とそう違わないさ」
「帰りたいの?」
「さあね……でもさ、カタツムリはうらやましい。殻にこもれば、すぐにでも“実家”に戻れるんだから」
カタツムリは、胸の奥がちくりとした。
「じゃあ、ぼくが調べてみるよ。どっちに帰ればいいのか」
そう言って、森中の動物に話を聞いてまわった。
あの木々の並びや、懐かしい花の名前をひとつずつ確かめて、ようやく“帰り道”の見当がついた。
それをリスに伝えると、リスは小さく笑った。
「ごめんね。気持ちはうれしいけど、体が、どうしても動かないんだ」
カタツムリは、ひとりで出発することにした。
故郷に着いたら、昔の友だちに声をかけて、リスを迎えに行こうと思ったのだ。
だが、その旅はあまりにも長かった。
どれだけ進んでも、見覚えのある景色は現れなかった。
夜が来るたびに殻にこもって眠り、朝が来るたびに出て歩き出す。
それが、しだいに重荷になっていった。
ある朝、カタツムリは殻の中で目を開けた。
けれど、外には出なかった。
暗くて、せまくて、何も見えない。
それでも、ここにいれば安心できた。
「ぼくもようやく、リスの気持ちがわかったよ」
この場所がどこかなんて、もうどうでもよかった。
森の奥で、小さな殻のなかに、カタツムリは静かに身を沈めた。
それが、ふたりにとっての“帰ること”だったのかもしれない。
ぼくの“うち”は、どこにある?(短編) 桶底 @okenozoko
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