ダンジョンカメラマンの暗躍 ~後ろでカメラに徹したいのに、みんなが僕の背中を押すんだが~
ポルカ@縁の下のチカラモチャー
第1話 僕はダンジョンカメラマン
ダンジョン配信の形式には、収録と生配信の2つがある。
人気なのは、やはり生配信だ。
ダンジョン内のドキドキハラハラを、実際にその場にいるかのごとく体感できるからね。
そんな生配信の撮影に、かつてはドローン型カメラが用いられていたけど、やはりここぞという場面で弱いのは否めない。
何を拡大して映すか、誰を優先するか、今映してはならないのはなにかが、ドローンだとわからないのだ。
加えて、宝物を前にして突然始まる生々しいやり取りや、ふいに訪れる物陰での大人のシーンなども、ドローンは一切配慮してくれない。
そういった事情から、配信者たちがプロのダンジョンカメラマンを一考するようになったのも、当然の成り行きだったと思う。
先見の明というやつだろう。
物心がついた時から、僕はこうなる未来を予測していた(ニヤリ)。
誰よりも早くそういったスキルに磨きをかけ、カメラワークを徹底的に研究し、有名配信者から注文を受けるダンジョンカメラマンになろうと多方面で努力してきた。
僕はダンジョンカメラマンになるために生まれてきたのだと思う。
良いアングルで、絶好の場面が撮れると飛び上がるほどに嬉しくて、これ以上の幸せは人生にないと実感する。
一方で、他人の動画を見ていて、一瞬でも自分より素晴らしいカメラワークなんかがあると、悔しさで頭が熱くなる。
絶対にそれ以上の撮影ができるようになってやると、眠る時間を削ってでも練習しないと気が済まない。
それが僕という人間なんだ。
まだまだ無名だけど、先々月からどんなに貧しくてもカメラマンの仕事(+日当バイト)だけで食べていくと決めた。
早く有名になって、僕という存在を世に知らしめてやるぞ~!
◇◆◇◆◇◆◇
今日は朝10時から探索者パーティ【蒼北のシンデレラ】の面々についていくことになっていたので、持ち物を確認して家を出た。
地下鉄でカタンコトンと揺られ、おばあさんに席を譲ったくらいにして、現地のダンジョンへと向かう。
【蒼北のシンデレラ】は日本ダンジョン学会が認定するDランクパーティだ。
探索者パーティランクは上からS、A、B、C、D、E、F、若葉。
若葉が申請3か月以内のもの。
Fまでが『初心者探索者』、Cから上が『エリート探索者』と呼ばれている。
どちらでもないDとEが団塊をなしていて、この2つで探索者の8割を占めると考えてもらっていい。
北海道にSランクパーティはなく、Aランクパーティはたしか10くらいだったかな。
余談になるけど、札幌でAといえば、女性一色の高校生パーティ【ヴェルサイユ】を指す。
地元ではそれくらい有名で人気があるパーティだ。
彼女たちは一人ひとりが個性的で、とても絵になる。
僕も有名になったあかつきには、彼女たちの活躍をカメラで撮れたらいいなと夢見ている。
僕なら、すでにひとりひとりのアングルも決めてある。
冴えた映像を撮れる自信があるんだ。
「あ、もう来てた」
現地に到着すると、まだ約束の時間より20分以上早いのに、すでにメンバーは集合済みで談笑していた。
「おはようございます。カメラのサクヤです」
14歳です、と付け加えながら、メンバーと握手を交わす。
事前にLINEでやりとりしてあるので、話はスムーズだ。
ちなみに契約内容はこんな感じ。
■ 日給3万円+成功報酬として、本日の登録者がひとり増えるごとに1000円もらえる
■ 数秒でも映像に乱れが生じた場合、報酬は全て返します
■ 緊急時、カメラマンを守る義務はなく、捨てて帰って良いです
というわけで、さっそく出発。
今日潜るのは、ダンジョン学会が【難度:高】で指定している【札幌西ダンジョン】だ。
難度は魔物の種類や数、
いつもの苔のにおいに包まれながら、カツカツ、と響く足音を立てて、ダンジョンを奥へと進む。
「きゃー、そっち行ったわよ!」
「追いかけろ~!」
ダンジョン低階層は家族連れなんかもいて、動物園的な雰囲気だ。
スライムとかホワイトラビットなど、弱くて逃げ回るタイプの魔物ばかりで、17時までは監視員のもとで一般開放されている。
なのでささっと通り抜け、メンバーたちに続いて5階層から10階層へ飛ぶ『転移ゲート』をくぐった。
ほとんどのダンジョンで、5階層おきにこの『転移ゲート』なるものがあり、自由に行き来できるようになっている。
舞い降りた第10階層の部屋は、うって変わって凶暴な魔物がうようよいるのが見えた。
他の攻略パーティはというと、ひとつ先の部屋で戦っているのがいるようだが、幸い目の前の部屋にはいない。
よし、撮影しやすい環境だ。
さぁ、「いいね」をいっぱいもらえるように、すばらしい動画を撮るぞ!
◇◆◇◆◇◆◇
ポチャン、ポチャン、と水滴が滴る音がダンジョン内に響き渡っている。
「腕が鳴るぜ」
「ああ、実は俺も武者震いが止まらないのさ」
【蒼北のシンデレラ】の面々は肩を回して準備運動をしたり、軽く宙返りしてみせたりと、これからの戦いへの頼もしさを見せる。
「ギギギ……!」
彼らが前にしている大部屋からは、奇声がいくつも聞こえてきている。
身長二メートルを超える、屈強なリザードマン・バトラーという魔物が発している声だった。
魔物ランクD-(マイナス)にあたる魔物で、魔法は使ってこないが、バトラーの名がつくだけあって攻撃力、HPに並々ならぬものがあり、一体といえどパーティランクDがないと、とても戦いきれない。
そんな危険なエリアを前にしても、【蒼北のシンデレラ】の面々は勇ましく、笑みさえ見せる。
「準備はいいか」
「もちろん!」
【蒼北のシンデレラ】が磨き抜かれた武器をシャキーン、と抜き放ち、あるいは魔力の宿る杖を構える。
彼らの戦いが、いよいよ始まる。
「行きます」
そんな前置きを台無しにするかのように、最初に部屋に足を踏み入れたのは、付き添いのカメラマンだった。
「………」
しかしどうしたことだろう。
リザードマンたちは堂々と歩いてくるカメラマンに反応しない。
真横に立って撮影されていても、1ミリもその存在を理解できていない。
カメラマンにはなんと、凄まじい【ヘイトダウン】がかかっているのだった。
その効果があまりにも強力すぎてヘイト値がマイナスに到達しており、リザードマンは敵とみなすことができないのである。
それを良いことにカメラマンは大部屋内をそよ風のごとく舞い、時には側転しながら、リザードマンたちを撮影していく。
その自由自在な動きは、彼なりの準備体操。
美しくさえあった。
リザードマンたちは、その美しきものをそよ風としか認識できない。
そうすること、数分。
カメラマンは最高のポジションに位置取りしてメンバーに合図した。
視聴者数、32。
「よし、仕掛けろ!」
【蒼北のシンデレラ】の面々が室内に入り、手前にいた一体に矢と魔法で中距離攻撃を仕掛ける。
「さぁ、かかってこい! トカゲ野郎!」
リーダーが勇ましく叫ぶ。
「ギィィィ――!」
不意打ちされたリザードマンは怒って大きな咆哮を上げると、
「ギッ!?」
しかし、動けない。
右足が地面に張り付いて剥がれないのだ。
なんの魔法だろう、と思うだろうか。
いや、カメラマンが踏んでいるだけだ。
「臆病者め! 来ないならこちらから行く!」
台本通りのセリフが冴える。
【蒼北のシンデレラ】が動けないリザードマンを取り囲み、ボコり始める。
「ヒョオォォォ――!」
そこでカメラマンが天高く跳躍した。
落ちてくるや、なんとリザードマンの頭上で右手をつき、片手で逆立ちしてみせたのである。
高難度の真上からの撮影が始まる。
もちろんリザードマンは気づかない。
「くぉぉぉ……!」
カメラマンはそのまま、プルプルしながら人差し指だけでの一点倒立に成功する。
すごいのは認めるが、そこまでやる意味は誰にもわからない。
視聴者数が50を超えた。
新規登録者数2。 +2000円。
リザードマンは鋭利な
3連撃アビリティが繰り出されると、Dランクの探索者でもHPの4割を持っていかれる凶悪な技である。
「お前程度では当てられん!」
しかしリーダーは堂々とし、逃げも隠れもしない。
確かに言葉の通り、リザードマンは当てられなかった。
いったいどうしたことか、リザードマンの手から肝心の
「ギィ――!」
リザードマンが床にある
おわかりいただけただろうか。
そう、カメラマンがひそかに秘孔を突いていたのである。
「いいぞ、もう少しで倒せる!」
「おう!」
そんなふうに、すべて好調に見えた、撮影の最中のことだった。
「ギギッ!」
ふいに、近くにいた一体のリザードマンバトラーが、この集団暴行に気づいた。
狙われたのは、無防備なヒーラーの女性。
【蒼北のシンデレラ】の面々は目の前の好調な戦闘でイケイケになっており、誰も気づいていなかった。
――危険が危ない。
しかし、加勢に来たはずのリザードマンはどうしたことか、突然足を止め、
「ギギィ――!」
加勢リザードマンが床の
おわかりいただけただろうか。
カメラマンが逆立ちしたまま漫画のように飛んできて、2度目の一点倒立を決めたのである。
「これで終わりだァァァ!」
リーダーの剣が、ボロボロのリザードマンバトラーに突き立つ。
断末魔の叫びを上げ、リザードマンバトラーが倒れる。
ついでに後から来たリザードマンバトラーも倒す。
「勝ったぞ!」
【蒼北のシンデレラ】たちが約束された位置取りに立ち、勝利ポーズをそれとなく決める。
カメラマンが、メンバーたちの間を中腰+すり足で音もなく駆け抜けた。
視聴者数78。
新規登録者数5。 +5000円。
「完璧です。続けて個人撮影行きます」
カメラマンは満足げに親指を立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。