第2話 シンデレラたちの危機
「いやー、今日はなんか戦いやすいな」
「うん、あんまりリンクしないよね」
「やる気ないんとちゃう、ハハハ」
【蒼北のシンデレラ】はその後も順調にリザードマンバトラーの討伐を進め、1つ目、続けて2つ目の部屋を倒しきった。
カメラマンの少年も良い撮影ができているらしく、メンバーと何度もハイタッチをし、笑顔を浮かべ、最高の1日と言わんばかりである。
「バトラーのタリスマンが欲しい人っている? もう足りてるよね?」
「そうだな。後は売るだけでいい」
メンバーが部屋と部屋の間で一休みし、ドロップ品を整理している。
魔物を倒すと、その魔物から由来するタリスマンをドロップすることがある。
これには魔物が持っていたアクティブスキル、ステータスアップ、状態異常耐性などの支援効果が付与されており、探索者はこれを最大9枠まで装備することができるのだ。
このタリスマンこそが超火力の攻撃や魔法を与え、探索者を超人化させるものにほかならない。
ちなみにリザードマン・バトラーのタリスマンの効果は
■アクティブスキル
刺突三連撃
■パッシブスキル
攻撃力アップ+15%
クリティカル発生率+8%
最大HPアップ+18%
である。
「今日はまだ小一時間なのに、それなりの儲けになってるね」
「うん。いいペース。10万円は行くかな」
「やったね」
そんなふうに、談笑が盛り上がった頃。
いっせいにメンバーのスマホが鳴った。
ショートメールを介した、緊急通知の音である。
「なんだよいったい」
メンバーが各々のスマホを取り出して見る。
「……学会から『札幌西ダンジョンに潜伏中の探索者は念のため、すぐに退避してください』だって」
「35Fでボス討伐失敗、らしいな」
「おいおい、俺達がそんな下層に行けるわけないだろ。ハハハ」
彼らはさっさとスマホを仕舞った。
確かに25階も下の話となれば、切迫した内容には感じなかったかもしれない。
一斉メールは学会により発信され、日本全国の探索者におかまいなしに送りつけられる。
それゆえ『該当者』だけ気をつければ良いというのが彼らの認識であり、確かにその考え方には多くの人が賛同することであろう。
ただ残念なことに、今回は彼らこそが該当者であった。
「無駄に去ってくれたら、パーティが減って狩りやすくなるかもな」
「ああ、もう少し休んだら行こう……ん?」
あぐらをかき、水をがぶ飲みしていたリーダーの男が、前方の部屋に不審そうに目を向けた。
「……おい。なにか起きているぞ」
リーダーが指を差し、立ち上がる。
メンバーもそばに置いてあった武器を握り直して、戦闘態勢になる。
「たしかに変だ」
彼らの立っていた位置からでも、部屋の内部の異常はたやすく見て取れた。
先行していた別パーティの動きが明らかにおかしいのである。
なにか、狼狽えているようにも見える。
「――あ、あれは何!?」
ふいにヒーラーの女性が悲鳴のような声を上げた。
次の瞬間、通路から覗き込む彼らの視界に、何かが映りこんだ。
「………!」
たった一瞬、横切っただけだったが、彼らが青ざめるには十分だった。
「な、なに今の……」
「ちょっと待てよ。白い翼がなかったか」
自分たちの言葉で、鳥肌が立つ。
この第十階層には、リザードマン族しか出現しない。
でありながら、それは色といい、形といい、明らかにリザードマンではない魔物だった。
「よくわからないけど、やばそうだよ……」
「どうする? 加勢するか」
「馬鹿言うな。ランクDの俺達で加勢できる相手に見えたのか」
リーダーの言う通り、飛行できる魔物という時点で、自分たちはもはや論外なのだ。
「見ろ、あいつらも
前方の大部屋内では、特徴的な蒼光が明滅していた。
発動に少々時間がかかるものの、成功すれば一瞬でダンジョン外へと避難することができる。
「俺達も逃げるぞ。戻って転移ゲートまで走……いや、ダメだな」
後ろを見たリーダーが舌打ちする。
通ってきた部屋には、すでにリザードマンバトラーが10体以上湧いていた。
あれを全部トレインしてゲートまで走るのは、危険極まりない。
倒して抜けるにしても、今さっきまで戦い詰めだったので、もう少し休憩が必要である。
「死ぬよりマシだ。リコールしよう」
「りょ、了解」
リーダーの判断により、メンバーが体を寄せ合い、
蒼く、熱のない炎が静かに燃え始め、それが徐々に大きさを増していく。
人の背丈ほどになると、規定エリア内に存在する者を転送する蒼のゲートへと変化するのだ。
彼らが持っていたのは第三級の
それでも25万円もするアイテムで、今日の儲けがすべてパーになるのは言うまでもない。
「……間に合うかな」
「大丈夫だ。こっちには来れない」
一部の例外を除き、魔物はポップした部屋からは出られない。
これはどんなダンジョンでもあてはまる大前提である。
それゆえ、室外に出られるぎりぎりの位置で狩る通称【扉狩り】が戦法として成立しているのだ。
「あと一分」
「早くして……」
メンバーが息を殺して、発動を待つ。
その直後だった。
前方の室内が、急に静かになった。
中にいたパーティが全滅したか、もしくは全て逃げ延びたか。
白い翼を持った魔物が大部屋内を浮遊しながらウロウロしているのが、彼らにも見えていた。
発動まで残り、40秒。
ふいに魔物が、みえる位置でぴたりと止まる。
「………!」
ヒーラーの女性が、はっと息を呑んだ。
魔物が首だけをこちらに向け、自分たちを見ていた。
口元がにやりと笑ったように吊り上がる。
魔物はこちらに向き直ると、いともあっさりと通路へと出てきた。
「き、きた!?」
「やばいやばいやばいやばいやばい!」
「ど、どどど、どうする!」
【蒼北のシンデレラ】は半狂乱になった。
戦うという選択肢は、彼らの頭には浮かばなかった。
魔物のまとっている空気が、あまりにも異常すぎたのである。
「は、早く発動してくれよぉぉ!」
が、白い翼の魔物は、すでに彼らの目の前に立っていた。
「ひっ……!」
残り15秒は絶望的な長さだった。
「Φως, γίνε μια κοφτερή λεπίδα στο όνομά μου……」
魔物が謎の言語で魔法を詠唱した。
その両手に眩しいほどの光が宿り始める。
あと10秒。
「あぶ……」
ヒーラーの女性が気絶して倒れ込んだ。
続いてアタッカーの男が、失禁しながら意識を失う。
「こ、こんなところで……死ぬのか……」
リーダーが震える声で言った。
すくんでしまい、意識が残っていた者とて硬直することしかできなかった。
あと5秒。
もう、目を閉じることくらいしかできない。
4、3、2……。
「………あ、あれ?」
しかし、もういい加減来ていいはずの衝撃が来ない。
リーダーが恐る恐る目を開けると、なんと、
数秒の後、【蒼北のシンデレラ】は何事もなかったかのように、今朝待ち合わせていた場所に立っていた。
もちろん全員無傷で、である。
◇◆◇◆◇◆◇
日差しが雲間から穏やかに降り注いでいる。
8月らしい強い日差しの日の午前だった。
「フユナは現地で合流で良いのですね」
「はい、ひとまず我々だけで急ぎ向かいましょう」
制服を脱ぎ、慌ただしく準備をして、自家用のリムジンに乗り込む二人の少女。
エアコンの効いた、ひんやりとした車内で二人は急ぎシートベルトを締める。
ストレートの黒髪を背に下ろしている方は、御田財閥の一人娘で、名をユズキという。
高校2年生で、今年17歳になる。
もう一人の、赤髪をショートボブにした少女はユズキのクラスメート兼彼女のボディガードである。
名をカノカという。
「ではお嬢様。カノカ様。出発いたします」
「じい、すみませんが」
「わかっております。飛ばしますよ」
こう見えても二人はダンジョン探索者の資格を持つエリートであり、全国でも数少ないAランクパーティ【ヴェルサイユ】のメンバーであった。
今日、二人は高校の夏期講習に参加し、「年頃の乙女たるもの、夏服もちゃんと着慣れなきゃですね」などと笑い合っていたくらいだったが、言ったそばからダンジョン学会緊急対応システムで呼び出され、制服を脱がされて札幌西のダンジョンへと向かわされているのである。
「ユズキ様。チサトは」
スマホを片手に、カノカが訊ねる。
「無理はさせられません。私達でなんとかしましょう」
「承知ですわ」
【ヴェルサイユ】はもともと5人である。
しかし一人は先月から留学に入ってカナダの人となり、もうひとりは戦いが怖くなってしまい、休養に入ったばかりだった。
後者がチサトである。
「Aランクパーティの【湯けむり猫】や【赤い翼】も来てくれると聞いています。彼らと協力してことに当たりましょう」
重ねて承知ですわ、とカノカが微笑む。
ちなみに、彼らが緊急招集された理由はこうである。
今朝早くから札幌西ダンジョンに挑戦していた、本州のAランクパーティ【マサムネ】が第35階層のボス戦で撤退。
メンバー全員が生還したものの、追ってきたボスが転移ゲートを通過した可能性があり、ダンジョン学会に通報された。
なお、転移ゲートは探索者が通過後5秒間だけアクティブになっていて、知能の高い魔物が通過する恐れがある。
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