転調

 昼休みから外が薄暗くなり始めた。

 厚い雲を見つめるなんてことはせず、しんは手っ取り早くスマホで天気予報を見る。


「まじか、午後から雷雨」

「天気予報見てなかったの?」


 隣の席の同級生が笑う。


「妹に傘もたせなかったわ」

「風強いらしいから、どうかな。妹まだ小さいよね? 逆に危ないんじゃない?」


 ぐぬぬ、と喉から唸り声を出す。

 香織は授業が終わると学童に移動し、六時になると学童から一人で帰ってくる。できれば学童まで迎えに行って一緒に帰りたいが、普通に帰るとぎりぎり間に合わない。

 六時になると自動的に送り出されてしまうので、全力で走らないと入れ違いになってしまう。

 ……雷雨の中を? と自問自答する。


「これは気合を入れざるを得ない」


 午後の授業は、右から左にきれいに通り抜けていった。




 終業ベルが鳴る五分前からしんはそわそわと筆箱をまとめ、ノートの角を揃えた。号令が終わり次第飛び出せるよう、準備を整える。


「ありがとうございましたー」


 号令終了と同時に荷物を掴み、カバンにぶち込み、教室を飛び出す。


 下駄箱で靴を履き替えながら外を見る。雨はさほど強くなさそうだ。これなら傘を差しながら走っても、常識の範囲内しか濡れなさそうだ。

 多少足元がぐずぐずになることは覚悟し、しんは傘を開いた。


しん!」


 後ろから声がかかる。

 かずきだ。


「陸上部の俺もびっくりなスタートダッシュだったよ」


 かずきも爆速で靴を履き替えている。


「今日の部活は?」

「あるわけないじゃん、うち体育館の縄張り争いすぐ負けるから。こういう日はさっさと帰っていつもならできないゲームをしっかりこなさないとな」


 わざとらしい使命感に満ちた良い声だ。

 かずきも隣で傘を開いた。


「なに、急いでんの?」

「学童まで迎えに行こうかなって」

「おお、なるほどな。走ろう走ろう」


 かずきに合わせて走れば間に合いそうだ。良いペースメーカーを捕まえた、としんは笑った。




 雨はどんどん強くなる。このスニーカーは、明日は履けないだろう。

 リュックが弾み、教科書の重みが肩に食い込む。あっという間に切れた息は、赤信号に歓喜した。


「このペースで間に合う感じ?」


 かずきのほうが余裕はありそうだが、それでも息を弾ませている。


「うーん、たぶん、いいかんじ」


 息を整えたい気持ちと、間に合いたい気持ちで、赤信号への思いは複雑だ。

 だが学童の玄関で自分が待っていたら、間違いなく香織は喜ぶ。


「よし、もういっっちょ!」


 気合を入れ、いささかフライング気味に一歩を踏み出す。

 その瞬間の鼓膜は、大層忙しかった。


 超近距離で響くクラクション。

 親友の悲鳴。


 白い光が散った。

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