第6話 国際探索者協会日本支部②

 国際探索者エクスプローラー協会はスイスに本部を置く国連の専門機関で、ダンジョンに関するあらゆる問題を各国の連携の元に解決することを使命としている。

 

 その日本支部は大阪ダンジョン入り口の目と鼻の先、かつてモンスターの大軍に蹂躙されて瓦礫の野原に姿を変えたJR大阪駅と周辺の高層ビル群の跡地に広々とした敷地を構えている。


 僕が三年間通った「探索者エクスプローラー養成学校」はその下部組織で、実は日本支部の敷地内にある。毎日寝起きしている学生寮も同じ。隣には食堂とかコンビニとかおよそ生活に必要なものが揃っている──というか、支部を一歩外に出たら周りはいまだに再開発もされない荒れ放題の廃墟だから、中で何もかも賄えないと生きていけない。


 そんな人の出入りの少ない環境だから、もちろんニミュエはものすごく目立つ。かと言って部屋に一人で置いておくのも色んな意味で怖いので、少女には小さな妖精の姿になって鞄に隠れてもらった。


 洗い上がった青いドレスを着込んだニミュエは「わたしが君の伴侶だということを皆に知らしめる好機だぞ!?」とご機嫌斜めだったけど、何でも一つ言うことを聞く、と言ったら納得してくれた。


 ……よく考えなくても、何か制限をつけておくべきだった。

 ものすごく、後が怖い。


     *


 安物のティーバッグをお湯に投げ込んだだけのカップから、ほわりと湯気が立ち上った。

 飲みたまえ、という来栖支部長の言葉に、僕は黙ってうなずいた。


 そういえば校長室に入るのって初めてだっけ、なんて考えながら壁の立派な額縁やら木彫りの鳥の飾りやら地球儀やらを見回す。

 アニメとかドラマとかに時々出てくるみたいな、いかにもな感じの部屋。

 高級そうな革張りのソファーに腰掛ける僕の向かいで、同じくソファーに座った来栖支部長が「ふむ」とうなずく。


「相馬隼人、十六歳──二年飛び級で入学、学内の成績もトップか。優秀だな」

「え……は、はい」


 成績表の写しを眺める支部長の言葉に、なんとなく頬をかく。その通りではあるけど、面と向かって言われると恥ずかしい。

 そもそも、自分が優秀だと思ったこともない。「養成学校に入りさえすれば探索者エクスプローラーとしての将来は安泰だ」なんて勘違いしてる連中が遊び歩いてる間も毎日ひたすら訓練してたら、いつの間にかそうなっただけだ。

 なんてことを考えていると、肩に座ったニミュエが「十六歳!」と妙な声を上げ、


「なるほど、道理でわたしの王は顔立ちが幼いと……」

 言いかけて、うーん、と小首を傾げ、

「いや、それを考慮してもやはり君は可愛すぎるな。先日も言ったが、もう少し精悍さを身につけるべきだ」

「おい!」


 くすくすと笑った妖精の少女が、僕の手をするりと逃れて天井すれすれの高さに飛び上がる。ひらひらの青いドレスを揺らしたニミュエは虹色の羽を震わせて照明の回りをくるりと一巡り、校長室の奥、アンティークな執務机の縁に腰かける。

 そこに座っているべき部屋の主は見当たらない。

 さっきから気になってはいたけど、校長先生はどこに行ったんだ。

 

「あの……」

「彼は心労で入院した。当面はわたしが学校長を兼務する」


 来栖支部長の事務的な声。そっか、とさすがに目の前が暗くなる。

 昨日の卒業試験の受験者、僕を除いた四十九人は、残らず死んだ。

 そりゃ、校長先生も担任も、責任問題とか色々あるだろう。


「生き残りは、本当に僕一人だけなんですか」

「ああ。全員がレッサーサイクロプスの攻撃で一撃──いや、『慈悲の盾ノーマーシー』で最初の致死ダメージを防いだ瞬間にもう一撃。ほぼ即死だったという話だ」


 何だかもやもやした気分。別に仲は良くなかったし、好きでもないし、大した興味もなかった連中だけど、それでも最初のダンジョンでわけもわからないまま殺されるほど悪いことをしたわけじゃないだろ。


「君は……なるほど、逃げながら雑魚狩りでレベルを上げ、素早さに極振りしたか。良い判断だ。あの状況で選択可能な最適解に近い」

「あ……ありがとうございます!」


 淡々とした男の言葉に、思わず大声を返してしまう。

 緊張するなって言われる方が無理がある。だって、目の前にいるのはあの「来栖仁」なんだから。


      *

 

 国際探索者協会、日本支部長、来栖くるすじん

 彼は元探索者──それも、かつて大阪ダンジョンを攻略した世界で最初の八人パーティー「歩く者ウォーカー」の一員だ。

 前に見たインタビューだと、今年でちょうど三十歳だったはずだ。引退時の最終レベルは426。最終クラスは前衛近接攻撃職の最高峰「決闘者デュエリスト」。パーティーのリーダー「太刀原たちはら雅也まさや」と共に数多くのダンジョンを攻略した文字通りの生きた伝説。

 この人の攻略配信は、何百回、いや何千回と繰り返し見た。圧倒的な技術とそれに裏打ちされた立ち回り。どんな有利な状況でも無意味だと判断すれば下がり、どんな不利な状況でも意味があると判断すれば踏み込む。

 僕が様々な訓練の中で一番多くの時間を近接戦闘に割いたのは、この人の影響が大きい。

 だけど。


「あの……どうして聞かないんですか?」

「何をだ?」

「僕がどうやってレッサーサイクロプスを倒したか、です」


 真っ先にそのことを聞かれると思っていた。何しろ、僕以外の四十九人は何の抵抗も出来ずに死んでいるのだ。

 レベル3の修行者ノービスがレベル30のボスを単独討伐した──そんなこと、天地がひっくり返っても有り得ない。

 不審者扱いされたニミュエをかばったのも支部長だと聞いた。

 何より、この人は確かに、少女を「導き手ガイド」と呼んだ。

 

「……そうだな。まず、それを話しておくべきだろう」


 返るのは、ため息混じりの声。

 来栖支部長はスーツのポケットからスマホを取り出し、テーブルの上に置いた。


「これを見た方が早い。今の君になら見えるはずだ」


      *


 支部長の指がDtube──ダンジョン攻略動画配信専用アプリを操作し、再生が始まる。

 投稿日は五年前、再生回数二十億回以上。「步く者ウォーカー」の八人がカリフォルニアのダンジョンを攻略した際に撮影された、世界で一番有名なボス討伐動画の一つだ。


「命亡き者の王」という固有名を持ったグレーターデーモンが、真っ赤な六枚の翼を広げる。化け物の足元に広がった血液の海から、血で作られた巨大なドラゴンが次々に浮かび上がる。


 圧倒的な戦力差を前に、「步く者ウォーカー」の八人は僅かな動揺も示さない。絶え間なく生み出されるドラゴンの攻撃を紙一重で回避し、首を切り落としながら、着実にグレーターデーモンに肉薄していく。


 パーティーによるボス攻略のお手本と言われる動画だ。前衛と後衛の役割分担、攻めと守りの緩急、何より敵の攻撃への対処、どれをとっても隙がない。もちろん、僕も何百回と繰り返し見た。


 ……あれ……?


 だけど、今なら確かにわかる。

 このパーティーの動きは、おかしい。

 八人は明らかに、敵の攻撃を「攻撃が来る前に」避け始めている。

 前衛の四人が「命亡き者の王」を中心に完全に同時のタイミングで散開し、魔術による攻撃を引きつける。生まれた隙に移動した後衛の四人が完全に対称の位置でバリアを展開する。前衛の四人がそれぞれ四つのバリアの陰に飛び込むと同時にグレーターデーモンが凄まじい炎で周囲一帯を塗り潰し、それを防いだ八人はまた前進を始める。

 

 研ぎ澄まされた戦略の賜物だと思っていた。

 だけど、今ならわかる。

 あらかじめ対処法を知っているのでもない限り、こんな事が出来るはずが無い。


「……見えてたん、ですか?」


 愕然と、顔を上げる。

 そうだ、とうなずいた来栖支部長が、スマホの画面を指で弾いた。


俺たちウォーカーのリーダー、世界最高の探索者エクスプローラー『太刀原雅也』は、大物喰いジャイアントキリングの所有者だった」





 

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