第7話

 その後、僕は槙野博士と遙とともに追加検証を行うこととなった。

 僕にとって遙が感情共鳴のキーとなるからどうしても必須だったのだ。


「ふむ、しっかりと感情はあるね。守瀬さんの感情に引きづられて透野くんの感情が現れていることがこちらでも確認できているよ」


 槙野博士の言葉に僕は勇気づけられた。


「その……スコアに現れないとなると、想はこれまでと同じ……ってことでしょうか」

 僕もそこは少し気になっていた。今までと同じだったら、みんなにバカにされる生活は続くんじゃないかって。


「いい意味でも悪い意味でもそうなる。感情共鳴タイプというのはまだ研究段階なのだよ。」

 少し溜めてから、槙野博士は続けた。


「これは仮説なんだけどね、感情共鳴というのは、相手の感情に引きづられて感情を出すのだけれど、それはほんのわずかだけ感情起点から遅延して発生するんだ。一方で感情というものは自分の中から湧き起こる自発的感情も当然ある。このタイプの特徴は自発的感情と共鳴感情が混ざり合って表情を作り出すからうまくAIでは判定できないんだよ。表情の構成要素を分離すれば判定できるとは思っているんだけど、なにぶんサンプルがすくなくて学習データが取れないんだ」


 槙野博士の説明は僕にも遙にもちんぷんかんぷんだった。

 それを察したのか槙野博士は補足する。


「つまりはね、今の技術では透野君の感情を判定することはできない。でもEAI非適性者ではないから生活が制限されるわけではない。なので心苦しいかもしれないが、周りの目は今までと変わらないと思う。この辺りは我々も広報不足だと思っているんだけど……」


 槙野博士は少し微笑んで続けた。

「……それと、月は太陽がないと輝けないように、透野君も守瀬さんという太陽があって初めて輝くということだね。彼女という存在があることで、君の中の光が照らされて、やっと外に見える形になる。そういうタイプなんだよ」


 遙はしばらく何も言わなかった。でもその頬は、ほんのり赤く染まっていた。

「……太陽、なんて。ちょっと、恥ずかしいな」

 そう呟いた彼女の笑顔は、まるで本物の太陽みたいに、温かくて優しかった。


「それでも、僕にも感情があるって証明されたことは、今一番嬉しいです」

 僕はそう告げた。

 僕は笑っているつもりだった。でも、相変わらずスコアには何も表示されていなかった。


 僕の表情に槙野博士は困惑していたが、すぐにふっと笑ってくれた。


 ◇◆◇


 僕は無事、EAI非適性者から逃れられたが、特別観察プログラムの残りの期間は施設で過ごすこととなっていた。

 あくまでも特例扱いなので、特別観察プログラムを途中で中断するほどのものではなく、万が一、訓練でスコアに現れる感情が出てくるならそれでもいいという考えなんだろう。


 僕の方もまだここにいたかったしちょうどよかった。



「最終観察セッションはどうだったんだ?」

 柊が心配そうな表情を浮かべて尋ねてくる。

 柊もこんな表情をする様になったんだ。そう思うと、僕は嬉しくなった。

 以前の僕なら、自分だけが取り残されているような気持ちになっていたかもしれないが、僕は今のままでいいと受け入れてからは気持ちが穏やかになっていた。


「スコアは相変わらずさ」


 僕がそう答えると柊が慰めてくれる。

「じゃあ、EAI非適性者に認定されちゃったってことか。気を落とすなよ……」


「それが、EAI非適性者は特例的に回避されたんだ──」

 これまでの経緯を柊に説明する。幼馴染の遙が来ていたこと、感情共鳴タイプのこと、槙野博士のこと──


「そうか、お前も色々あったんだな。でもよかったな」

 柊はそう言ってニカっと歯を見せて笑った。

 僕も釣られて笑ってしまった。


「柊もおめでとう」

 特例扱いの僕を除いて全員が最終観察セッションに合格したという話はすでに聞いていた。

 僕らはお互いに健闘を称え合った。


 ◇◆◇


 ──半年間の特別観察プログラムが終わり、僕らは日常に帰っていった。


 僕と遙は公園を並んで歩いていた。

 施設の外で二人で会うのは半年ぶりだった。


 僕はずっと気になったことを聞いてみた。

「遙はどうしてあの最終観察プログラムの場にいいたの? あそこは教育関係者しか入れないって聞いてたよ」


「想一人じゃ心配でしょ。だから先生に頼み込んで特別に一枠用意してもらったの」

 そう言って遙はイタズラ気味に微笑んだ。

「先生が特例として許してくれたの。実習生としてならいいって」


「心配ってなぁ……でも、ありがとう。遙が来ていなかったら、あそこで遙が叫んでくれなかったら、僕はEAI非適性者としてずっと社会の陰でひっそりと暮らしていかなければいけなかったかもしれない」

 僕はこれまで言えてなかった感謝の言葉を遙に伝えた。


「ふふふ、想、今、照れてるでしょ?」


 僕は何も言わず、遙を見て笑った。



 このスコア社会で、僕は“共鳴する感情”を抱えて、生きていく──


 それが誰かに届くかどうかは、きっとこれからの僕次第だ。


 スコアがゼロでも、僕は笑える。想いを届けたい。


 たとえこの社会が僕を認識しなくても──


 僕が、僕の想いを、世界に向かって伝えていけばいい。






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(連載中)「こちら異世界勇者対策課」

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ゼロの僕を見ていたのは君だけだった 大月 @himahimahima333

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