ゼロの僕を見ていたのは君だけだった
大月
第1話
“これは、感情が見える時代に、感情が見えない僕の物語”
スコア0.0──
この数字に、僕は人生ごと否定されている気がしていた。
どれだけ笑っても、怒っても、表情を作っても、感情スコアデバイスはいつだって“ゼロ”のままだった。
他人の感情が見える世界──
AI技術の発達により人間の微妙な表情や筋肉の動き、声のトーン、心拍数、癖なんかを大量に集めて、他人の感情を読み取る技術が発明された。
苦笑いしてたら、こいつ困ってるなってわかると思うけど、ほんの一瞬顔を顰めたり、目線を逸らしたりと、人間ではわからない細かい変化も見逃さないってやつ。
世界は大混乱。
政治家のように有権者に都合のいいことばっかり言ってる議員は選挙演説中に嘘がバレて水を掛けられてたけど、仲良くなりたいって気持ちがお互いにわかれば一気に仲良くなれるきっかけにもなれるツールだって歓迎された。
これまで隠していた想いなんかにも反応しちゃうから、良し悪しなんだけどね……
じゃあどうやって見えるようになるのかというと、感情スコアデバイスっていうものがあって、それで人の感情を読み取り、スコア化してくれるという優れもの。
あの先生はいつも笑顔だけど、スコアは【怒:7.2】だから結構怒ってるんだなって、わかっちゃう。
感情ごとに0.0〜9.9まで判定してくれるらしい。
らしいと言っているのは、僕──
◇◆◇
いつものように教室に入ると、クラスメイトの声が聞こえる。
「透野のやつまたスコア0.0だぞ、アイツいっつも無表情だな」
「ロボットなんじゃない? それか本当に感情がない欠陥品とか?」
北条と谷口が楽しそうに笑い合っている。
【喜:8.6】、【嫌:6.8】か。【嫌】の部分は僕に対してだな。いつものことだけど、嫌になる……以前はあんな感じに喋ってくれてたのにな。
ふと、自分の感情スコアデバイスを見ると、【嫌:0.0】──
嫌なんだけどな。なんで何も表示されないんだろう。
……僕が嫌だって思っていることすら、証明できないんだよ。
「もうすぐ想の誕生日だね」
すぐ後ろから優しい声がする。幼馴染の
遙とは幼稚園の時からの幼馴染で、ロングヘアーで可愛らしい顔立ちをしている。クラスの、いや学校中でもファンがいるとかいないとか噂されるレベルだ。
まさかこんなに綺麗になるとはって、本当にびっくりしてる。スコアは──ってもういいか。
「うん、もうすぐ……あと1週間で15歳になるよ」
「おめでとう! でも、EAI適性検査、迫ってるね。大丈夫そう?」
不意に問われた言葉になんと答えていいものか逡巡した挙句、何も答えることはできなかった。
EAI(Emotion Aptitude Index)適性検査──
15歳を迎えるすべての国民を対象に実施される、感情の発露・認知・制御能力を評価する国家認定の感情適性スクリーニング制度。
専用の刺激・シナリオ・生理計測を通じて「感情適性そのもの」を診断するらしい。
ここで感情適性なし、つまりEAIスコア0.0となったら大変で、社会生活を真っ当に営めないって烙印を押されてしまい、社会的な進路・生活環境にも大きな影響が出てしまうのだ。
なんで15歳かというと、感情スコアデバイスのスコアは、成育段階では揺らぎがあって暫定的にしかわからないらしく、安定した15歳になってから適性検査をすることになっている。
感情スコアデバイスでスコア0.0を叩き出している僕には不安しかないってわけ。
どうしようもない様子を感じたのか、遙が声をかけてくれる。
「大丈夫だよ。こんなデバイスがなくたって、想が怒っているのも笑っているのも私は知ってるから。私と一緒に練習しよっ」
そう言って笑顔で微笑みかけてくれた。
その言葉を聞いて嬉しくなってくる。これまでどれだけ頑張って笑っても、怒っても、無理やり表情を変えてもまったくスコアがゼロのままだったのに。
「……ふふっ、やっぱり笑ってるね」
遙といると、不思議と肩の力が抜ける気がする。
口元がふと緩んだり、心の奥がふわっと温かくなったり──
ほんの少しだけ、自分でも、今、笑ってるかもしれない──そう思えた。
でも、やっぱりスコアはゼロだった──
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