第10話


 化粧品も女物の服も捨てた。坊主にした。

 さあ、これでもう女にはならない。


 タマキは怪我が治ったころ、再び中学校に通い出した。さすがに怪我が癒えていないうちは、顔の醜さが恥ずかしいので、しばらく休んでいたのだ。


 教室に入ると、同級生たちはタマキを見てびっくりしたようだ。

 女の子のように髪が長くて可愛いタマキが、坊主になっている。あれは男だ。


「ひゃー、冒険したね。タマキ君。前の方が良かったよ」

 女子たちがもったいないと言いたげに不満を口にする。


 タマキだって苦しいのだ。

 しかし、決めたのだ。今までの事は若気の至り。新しい自分として男として生きていくのだ。そうすれば久留米京太郎なんかの嫌な男の記憶や、自分が女と張り合おうとした痛い思い出が、何でもないと忘れられる。


「男なのだから男らしく生きなきゃね。まずは見た目からって感じでさ短くしたんだ。似合わないかな」タマキはそう言って、苦笑した。



 ああ、どれだけ一生懸命になっても、向いていない方に進もうとすると、心が悲鳴を上げるものだ。

 最初こそタマキも頑張っていた。必死に男らしくしようと意識した。しかし、可愛い物へのあこがれは消えなかった。


 可愛くなりたい。

 可愛いって言われたい。


 中学二年生になると、そのころにはタマキの髪も伸びて、ショートカットと言っていいぐらいになった。


 タマキはニキビで油じみた自分の顔が嫌でたまらなくて、衝動的に、ファンデーションを買って顔に塗った。そこまですると我慢できなくなった。遠ざけていたのに、体がこの喜びを覚えているのだ。タマキはアイメイクを施し、髪を耳にかけてヘアピンでとめた。

 彼はそれだけでは満足できなかった。鏡の中の自分を見るうちにもっともっと良くできると自分の理想に近づけたくなる。

 タマキはバイトで留守の姉の部屋に入り、クローゼットを開けて、青いプリーツスカートと赤いニットの長袖を取り出し、着た。

 女の子らしいその姿を鏡に映して、タマキは喜びを感じた。


 賞賛の眼差しを、この身に受けたい。しばらくの間離れていたあの世界をもう一度味わいたい。

 タマキは女装姿で外に飛び出した。人の多い駅前に行くと、誰もが自分を見ている気がして、気分が良かった。


「タマキ?」


 ふと、横を見ると姉の千佳がいた。彼女は驚きと嫌悪に顔をしかめている。


「あなた何しているのよ。その服……」


 タマキは姉に背を向けると、駆けだした。

 見つかってはもう終わりだ。今更やめることはできまい。

 タマキは自分の道を進もうと思う。人になんて言われようが、好きだから続けられる。この世界に好きだからのめり込める。

 誰も走り出したタマキを止められない。


 きらめく明日を見上げて、タマキは進んでいく。




 (終わり)

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きらめく明日 宝飯霞 @hoikasumi

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