第9話
追いかけていた人が素敵な人じゃなかった。膝から崩れ落ちそうなほど落胆する。
タマキは久留米京太郎と撮ったチェキをびりびりに破いた。そして、橋から川に捨てた。バカバカしい。あんな男の事好きだったなんて、なんて見る目がないの。
ああいうのが普通の男の反応なら、もう男など好きになるものか。
しまいには女の恰好をしている自分にまで苛々してくる。男に媚びを売るのがたまらなく嫌で気持ち悪い。
今日から僕は男になる。もう弱い女の真似事はしない。男に依存せずに生きていくのだ。
今まで間違っていた。改心した。改心したほうが生きやすいだろう。
久しぶりにタマキは実家に帰った。鍵を開けて中に入ると、みんな留守のようだ。大方仕事に行っているのだ。姉は高校に行っていると思う。まだ帰ってきていない。
タマキはスカートからズボンに履き替え、洗面所で父のバリカンを取って、頭を剃った。女のような長めの髪が落ちると、悲しくて喉がきゅっと詰まった。
これでいいんだ。
生まれ持った性で生きるのだ。
玄関の靴を見て、タマキの母の美香子は、息子が帰っていると知った。何か月もどこに行っていたの。警察にも相談したのよ。でも良かった。帰って来てくれて。
母は怒りより喜びが勝って、急いで階段をかけあがり、タマキの部屋を開けた。
「タマキ、いるの?」
母はタマキの姿を見て、息をのんだ。
「どうしたのその顔。その頭」
久留米に殴られて腫れた顔はまだ痛々しいままだ。氷で冷やしているものの、暴力の跡がありありと残っている。
「何があったの」
母は青ざめ、両目に涙をいっぱい溜めた。
「誰にやられたの」
「顔はちょっとドジして。髪は自分で刈った」
タマキは苦笑して言った。
「心配しないでよ、お母さん。僕さ、決めたんだ。もうさ、僕、やめるんだ。女の子みたいな真似事、男を好きになること。僕は普通の男になる。今までの自分にもう飽き飽きなんだ」
「そう、やっとわかってくれたのね。あなたが家出したとき、お母さんは、あなたが
てっきり悪い道に進んでしまったと思い、嘆いたのよ。やっと心が通じたのね」
そんなことを言われ、タマキは、胸が破れる心地がした。
違う。僕は、本位じゃないんだ。
まだ未練がある。
だけど母を裏切るようで言えない。自分自身の決意を裏切るようで、どうしても駄目だ。
タマキは全身の力を奮い起こし、本当の男になろうとした。女々しいところのない強い男に。
後から帰ってきた姉や父もタマキと仲直りし、タマキの心変わりを祝福した。
笑いながら、タマキは心で苦痛に歯を食いしばるのだった。
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