ガラスの靴は赤い靴

ロッタ


 赤沼灰音あかぬまはいね。25歳、独身。職業、売れない歌手。それが彼女の現状だった。毎日アルバイトに明け暮れ、時間を縫って必死に音楽活動をする。


 でも、売れない。路上ライブは見向きもされないし、動画サイトで配信をしてみても視聴者は3人いればいい方だ。自分よりも年下の子が音楽界で次々と評価されていく中で、灰音はどんどん袋小路に入っていく。


 疲れ切った頭で夢見るのは、おとぎ話みたいなシンデレラストーリーだ。灰かぶりと呼ばれた少女が、彼女を哀れんだ魔法使いの魔法によって、美しいドレスとガラスの靴に身を包んだ姿に大変身! 彼女は王子と恋に落ち、紆余曲折を得て結婚する。物語の締めくくりは、2人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。笑っちゃうくらい都合のいい物語も、今の灰音から見れば極上のロマンスだった。


 だから、怪しげな眼鏡の男が深夜にチャイムを鳴らした時も、うっかりドアを開けてしまったのだ。男の来訪が現状を打破してくれるのを期待して。


「パンパカパーン! おめでとうございます!! 厳選なる抽選の結果、あなたは我がフェアリーテイル社の開発した『奇跡を呼ぶガラスの靴』のテスターに選ばれました~!!」


 男は目を爛々と輝かせて、抱えている箱を見せてきた。中には幼い頃に憧れた、シンデレラのガラスの靴が鎮座している。その透明感溢れる輝きを目の当たりにし、灰音は思わず息を呑んだ。どうやら自分は現状を打破するどころか、根底から覆す奇跡そのものを手にしたらしい。


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