楽と獄、ここに在らず

生田こまこ

其の一、「ひとりで寝たくない」

天使のミヤビは言いました。

「いいじゃねえかよ、百円くらい。てめえが見つけた時点で、それはもうてめえのモンだろうが」


悪魔のアカツキは言いました。

「なんでそんなこと言うの。百円って、とっても大切な額なんだよ。誰かが困ってるかもしれないでしょ」


これは落ちている百円を見つけた人間の前に現れた二人の会話です。

その人は、脳内でしか彼らの存在を認識できません。


「だったらそいつの管理がザルだったってだけの話だろ。油断してんのが悪ぃんだよ、自業自得だよバーカ」


神出鬼没の天使と悪魔。

彼らは今、暇を潰すために人間界に舞い降りていた。




自己中な考え方しか持ち合わせていない天使のミヤビは、非常にダメなオッサンです。


一方、平和的な考え方を持ち合わせている悪魔のアカツキは、非常に可愛い女の子です。


二人は何百年も前から死境にいるので、明確な年齢こそ分かりませんが、見た目から憶測するに、二十以上は離れているのではないでしょうか。二人は同居しており、まるで家族のような存在です。また、隙あらば互いの命を狙う、猫とネズミのような仲でもあります。


舞台は死境。

この物語のダブル主人公である天使と悪魔、これは二人の日常を描いた連作短編小説となっている。


さて、ここで元人間だった者たちからの伝言をひとつ。


「亡霊は死後でさえも、己の信念を守りきるまで生き続ける」


*****


朝、鳥のさえずりに起こされるミヤビとアカツキ。先に起き上がったのはミヤビの方だ。


「チュンチュンうるせえな、羽もいで焼き鳥にするぞ」

朝の一服、ミヤビは煙草に火をつける。

そして、その煙たさに気付いてアカツキは愛用している枕を抱きながら、寝室から出てきた。


「けむいけむい、吸うなら庭でって言ったよね。あんたの羽もいでやろうか」


そう言ってアカツキは眠い目をこすり、もう平べったくなった枕を持ったまま洗面所へ向かう。

「お前いつまでそれ持ってんだよ、洗うからさっさと寄こせや」

ミヤビはアカツキから枕を受け取って、枕カバーを外して洗濯機に入れようとした。


そのときに、よく見るとその枕は随分と形が崩れていて、中綿も一か所にまとまってしまっていることに気付く。


「・・・・きったねえなあ、まだこれ使ってんのか。なあ、いい加減買い換えろって」

「やだ、それが一番フィットするんだもん。その枕と一緒じゃなきゃ寝れない」


頑なに買い換えることを拒むアカツキ。これじゃなきゃ嫌だと。だがしかし、今日洗ってしまうのならば、今日の夜に使う分の枕はないのではないだろうか。


「今夜どうすんだよ、乾くまで使えねえぞ」

「ミヤビのを使う、あんたは床で寝るんだ!」

「殺されてえのかバカ」

「もう死んでるよアホ」

二人は今日も仲睦まじく、死境での一日をスタートさせた。


「そういや、押し入れにもう一個あっただろ。今日はそれ使っとけ」

「・・・・ああ、」


押し入れの奥底にあったもう一つの枕。それは、買ったものでもなく、貰ったものでもなかった。

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