閑話 親友達の初恋~その3~
「そう,畑前さんの娘さんと接触できたのね」
「・・・うん」
桜さんの質問に,仁美が呆然としながら答えた。
「それで畑前さんには,いつ会えるのかしら?」
「・・・多分,今週末には。週に1回くらいしか,家に戻ってないらしい」
俺も少し気の抜けた声で返答した。
「そう。チャンスは少ないわね・・・」
桜さんは,俺達に受け答えしながらも,一度としてこちらを見ないでいた。
・・・というか,パソコンのモニターらしきものをずっと見ながら,キーボードを打っていた。
いや,モニターの数,多過ぎじゃね!?
俺達はみっちゃんと話した後,すぐに桜の家に来た。
みっちゃんと話した内容を報告するためだ。
島崎さんから,桜さんは書斎にいると言われ,案内されたのがこの部屋だ。
いや普通『書斎』って言ったら,机があったり本棚があったりするのを想像するだろ?
ところが,ここには本は一切ない。
机の下に馬鹿でかいパソコンと,壁一面に6台のモニターが掛けられた,まるでロボットのコックピットのような部屋。
モニターには株価を示すグラフが表示され,瞬きの間に変化している。
どう見ても昔ドラマで観た,トレーダーの仕事場だ。
「で,真里花は何やってんの?」
「え?株の売買だけど?」
ゲームをしてるけど?みたいに簡単に言う。
「・・・島崎さん,桜さんは忙しそうなんで,何やってるか解説お願いしていいすか?」
俺は後ろに控えていた島崎さんに質問をしてみた。
「お嬢様は,韮川温泉グループの株価の操作と同時に,笹宮本家傘下の企業の,株の買い付けを行われています」
「え?笹宮傘下の企業も?」
「はい。笹宮本家傘下の企業は,一族経営をしているところばかりです。大口株主も笹宮の分家の方々が多いのですが・・・」
「桜さんは,笹宮家を乗っ取ろうとしているんですか?」
「・・・そのようです。もともと,どの企業も利益重視というより,本家との繋がりを重視した,いわゆる殿様商売をしているところが多く,業績は頭打ちどころか右肩下がりになっているところも少なくありません」
「つけいる隙は,いっぱいあるってことですか・・・?」
「そうですね。しかしながら,ここまで順調だとは私も驚きです」
「そんなにすごいんですか?」
「ええ。昔,少々手ほどきをしましたが,今では私も舌を巻くほどですよ」
島崎さんは無表情ながらも,何だか嬉しそうだ。
「じゃあ,こっちは桜さんにお任せですね」
「そうですな。畑前さんへの接触は,お二人にお任せしても?」
「はい。桜さんが親友のために頑張ってるんです。俺らも親友のために頑張ります!」
「・・・頼もしいですな。お嬢様の『親友』方は」
「え?」
「違うのですか?」
「・・・いえ,『親友』です」
「・・・そうですか」
そうだな,もう俺達は『親友』だ。
「じゃあ,真里花。あたし達は,畑前さんが何時戻ってくるか,明日にでも確認してくるね!」
「任せるわ」
仁美の方も,話がついたらしい。
「あの・・・」
そんな時,書斎に入ってくる小さな人影があった。
「お坊ちゃま!?」
島崎さんが驚いて,そちらを振り返る。
いつもポーカーフェイスの島崎さんが,ここまで驚いた表情を見たのは,俺らは初めてだ。
「真治,ここに来たらダメだと言ったでしょう?」
桜さんが優しく声を掛ける。
まるで母親のようだ。
「ご,ごめんなさい・・・。いつもよりにぎやかだったから」
「そうね。今日はお友達が二人も来てるからね?ちゃんとご挨拶なさい」
「うん」
真治と呼ばれたその少年は,俺らに向き合う。
「さくらしんじ,5さいです。おにいちゃん,おねえちゃん,こんにちは」
「はうっ!」
仁美がその愛くるしさに,やられたらしい。
「おう。俺は大川拓也だ。よろしくな」
「お姉ちゃんは,君島仁美よ!よろしくね,真治君っ!」
「はい!・・・おにいちゃんたちは,なにをしてるの?」
「俺達か?そうだな,『親友』達を助けるための,作戦会議中だ」
「さくせんかいぎ:?」
「そうだ。俺達の『親友』,のお兄ちゃんとお姉えちゃんが,今大変でな?助けるために話し合ってたところなんだ」
「たいへんなの?」
「ああ,大変なんだ。俺達は桜さん・・・君のお姉さんような力は何もないけどな。でも『親友』のためなら,なんだってしたいと思ってる」
「力がないなんて・・・。二人にはいつも助けられてるわよ」
桜さんが,頬を染めて言う。
「・・・『しんゆう』のためならなんでもするの?」
「ああ,そうだ。『親友』って分かるか?」
「うん,きいたことあるよ?ようちえんで,しょうちゃんが『しんちゃんはともだちだけど,しんゆうじゃないっていってた」
それは手厳しい。
「・・・『しんゆう』と『ともだち』って,なにがちがうのかな?」
「それは・・・」
俺が返答に詰まると,仁美が代わりに答えてくれた。
「とっても仲のいい友達が『親友』なんだよ」
「そうなの?どれくらい,なかがいいの?」
「その人のために,何かしてあげたいって思えるくらいかなあ?」
「なにかしてあげたい?」
「そう!何かをプレゼントしたい,助けてあげたい,見守ってあげたい。いろいろあるけど,それくらい大切なお友達が『親友』なの」
「・・・そうなんだ」
「うん!」
「・・・ひとみおねえちゃんは,うちのねえさんの『しんゆう』?」
カタッと,桜さんのキーボードを打つ音が止まる。
「真・・・!」
「そうだよっ!」
満面の笑みで,仁美が答えた。
俺の好きな,幼馴染みで,大好きな彼女。
ホントに自慢の彼女だ!
「君島さん・・・」
「仁美でいいよ!真里花」
「ま,真里花・・・」
「そうだなっ,真里花さん!俺も拓也でいいぜ?『親友』だろ?」
「そ,そうね・・・」
「いいなあ!」
「え?」
真治君が,ぱあっと笑顔になる。
「ぼくも,いつか『しんゆう』できるかなあ?」
「・・・もちろんだ。その,しょうちゃん?が『親友』になるかもしれないし,ひょっとしたら,新しい友達と出会って,『親友』になれるかもしれない」
「ほんとう?」
「本当さ!絶対だっ!」
「・・・うん」
いつか,この子に『親友』ができますように。
俺も,仁美も,君のお姉さんも,それを心から願っている。
甘くないカフェオレを君に やまがみたかし @imotti1107
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