第10話 ブレンドとオレンジタルト

 天気予報では梅雨明けは発表されてないけど,梅雨が終わったと思うくらい,今日は快晴だ。


 家から電車で3駅,大きな繁華街のある街に,僕はやって来た。

 駅前にあるオブジェは,天使の像。

 周りを見ると,僕と同じように待ち合わせをしている人がチラホラといた。


「お待たせしました!」

 周囲の視線がその声の主に集まる。

「・・・今,来たとこ」

 恋人同士の待ち合わせの定型文みたいなことを言ってしまった。


「何あの子,外国人?」

「可愛い!」

「すげえ・・・」

「芸能人かしら?」

 彼女が注目を浴びる。


 当然だ。

 真っ白なノースリーブのワンピース。

 いや,サマードレスというんだろうか?

 ウエストがリボンで絞られて,彼女のスタイル良さを強調している。

 バッグや靴も白で統一されていて,まるでファッション誌のモデルのようだ。


「・・・」

「どうしましたか?」

「・・・似合ってる。すごく」

 拓也に『まず彼女の服装を褒めろ!』と言われていたが,語彙を失うほど可愛かった。

「『ありがとう』ございます!聡二君も素敵ですよ?」

「・・・『ありがとう』」

 無難に青いポロシャツとベージュのチノパンを着ていたが,褒められるとは思っていなかった。


 頬が紅潮しているが分かる。

「・・・とりあえず,ショッピングモールに行こうか」

「はい!」

 彼女と隣り合って歩き出す。

「・・・」

 歩きながらチラチラと,上目遣いで僕を見てくるのはやめてくれないかな・・・。

「どうしたの?」

「あ,いえ,腕を組んだ方がいいのかなって」

「うっ?いやいやダメでしょ」

「ダメですか?」

「・・・僕の心臓が保たないので勘弁して下さい」

「残念ですが,今日の所は勘弁してあげます!」

「今日の所は?」

「でも手,くらいはつないで欲しいかなって思います」

「・・・後でね」

「本当ですか!約束ですよ!」

「・・・善処します」

 このところ,彼女のペースに巻きこまれがちだ。

 まあ,それを嫌だとか迷惑だとか思ってない自分がいる。




「涼しい・・・」

 ショッピングモールは冷房が効いていて,熱を帯びた頭を冷やしてくれた。

「近いところからいろいろ回りましょう!」

 はしゃいでいる彼女に,ただ着いていく。

「こういう所,良く来るの?」

「うーん。たまに,ですね。真里花と一緒にですけど」

「仲,いいんだね」

「はい!親友ですから!」

「そうなんだ」

「昨日も,今日の服装選びに夜まで付き合わせちゃいました」

 いたずらっ子のように笑う。


 そう言えば,毎週お店に来るときも随分オシャレだな,って思ってたけど,今日みたいに身体のラインを強調させるような服を着てきたことはなかったよに思う。

 なるほど,桜さんの入れ知恵か。

 彼女には感謝すべきなのか,しないほうがいいのか,未だわからない。


「あ,あのお店に行きましょう!」

 女性向けのショップに入る。

 肩身が狭い。




 その後も2,3軒,ショップ巡りをしたが,彼女は『今日は買うつもりがない』と言っていたので,冷やかして回るだけだった。




「ふう・・・」

 ショッピングモールから出て,近くのカフェで一休み。

 本来の目的のお店だ。

「とてもオシャレなお店ですね・・・」

「うん。窓の採光も工夫してあって,全体的に明るい感じでしょ?調度品もシンプルで,それがかえってオシャレに見える」

「喫茶店もいろいろなんですね・・・」

 彼女は興味深げに店内を見回した。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 白いポロシャツに茶色のロングスカートの店員が,注文を聞いてきた。

「私はホットカフェオレとオレンジタルトのセットで。聡二君は?」

「僕はホットのブレンドと・・・木イチゴのタルトでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 店員が去って行くと,笹宮さんがため息をつきながら言った。

「・・・なんだか店員さんもオシャレ!って感じですね」

「まあ,それも含めてお店の雰囲気作りなんだろうね。うちのお店は落ち着いた雰囲気が売りのはずなんだけど,若干一名それを壊してる人がいるからなあ・・・」

「ふふっ。亜美さんに言いつけましょうか?」

「・・・それだけは勘弁して下さい」

 笹宮さんはクスクス笑う。


「それにしても聡二君がブレンド頼むなんて珍しいですね」

「いや,普通に飲むよ?カフェオレの方が好きだけど,やっぱり喫茶店の花形はコーヒーだし。」

「そうですね。あとオレンジタルト頼まなくて良かったんですか?名物なんでしょう?」

「・・・笹宮さんが頼んだから,別のものがいいかなって思って」

「・・・」

「笹宮さん?」

「・・・『まどか』」

「え?」

「デート中は『まどか』って呼ぶって真里花に言われてたでしょう!」

「あ・・・」

 そうだった。

 いや,忘れていたわけじゃなかったんだけどね。

 実はここまでなるべく名前を呼ばずに会話をするよう心がけていたのだ。


「・・・『まどか』さん」

「はい!」

 女の子を名前呼びするってこんなに恥ずかしいことだったのか!

「学校でも,そう呼んでいただいて構いませんからね!」


「・・・善処します」

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