閑話 笹宮まどかの初恋~その6~

 楢崎君と喧嘩しました。

 ううん。

 私が彼を怒らせました。


 きっかけは大川君の提案ですた。

 『勉強会しょうぜ』

 そのこと自体は悪いことじゃないんですが,場所が彼の家に決まったとき,何か心の中に黒いものが芽生えました。

 

 今思えば,その時の私はとても不安定でした。

 楢崎君がモテ始めた。

 放っておいてもそうなったのかもしれません。

 彼はとても素敵な人だから。

 大川君達に勉強会を提案された。

 友達同士なら当たり前のことだと思います。


 でも。

 彼がモテ始めたのも,大川君達と友達になったのも,きっかけは私のせいです。

 私が,彼を調理実習の班に誘ったから。


 あの時いろいろ考えていたつもりだったけど,結局衝動的に行動してしまいました。

 こんな関係が出来る前,彼は一人でいることを受け入れていたのに。

 むしろ,それを望んでいたかもしれないのに。

 それに気付いて,私は『後悔』という言葉の意味を知ってしまいました。

 ただ謝りたい。

 その一心で,カフェに行きました。

 迎えてくれたのはバイトの亜美さん。

 楢崎君にベタベタしていたので,ちょっと苦手だったんですが,話してみればとても素敵なお姉さんでした。

 日替わりケーキが売り切れていたのはとても残念でいたが,彼が勧めてくれた抹茶パフェを頼みました。

 彼が近くに来てくれたので,今回のことを謝りました。

 彼は『謝らなくていい』と何度も言ってくれました。

 やっぱり優しいな,と改めて思ったけど,罪悪感がどんどん膨らんで謝り続けました。

 彼はどんどん不機嫌になって,最後は大声で怒鳴りつけられました。

 驚きました。

 いつも温和なな彼が,こんなに感情をむき出しにして怒っていることに。

 そして,ただ『謝る』という私の行為が,もの凄く愚かなことだと気付かされました。


 私は大きな失敗をしました。

 彼の力になりたくて。

 彼と一緒に笑いたくて。

 なのに。

 彼を傷つけてしまいました。


 その場は亜美さんが上手く立ち回ってくれたので,混乱は起きることはありませんでした。

 彼は泣きながらバックヤードに行きました。

 いつも頼もしく感じていた彼の背中がとても小さくて,まるで赤子のようだと感じてました。

 でも,それで彼を嫌いなる,という気持ちにはなれません。

 自分が悪いのだから。


 本当なら,私もこの場を走り去ってしまいたかったけど,マスターがパフェを作り直してくれると仰ったので,渋々席に着きました。

 陽子さんがいっぱい慰めてくれたけど,私の心には何も響きませんでした。

 食べ終わったら彼に送らせる,なんて言われて,どうすればいいのか,彼にどう接すればいいのか混乱しました。

 マスターが作り直してくれた抹茶パフェはとても美味しかったけど,苦かったです。

 食べ終わっても,泣いている私を見て,マスターと陽子さんはカウンターから厨房の中に案内してくれました。

 陽子さんが『笹宮さんには話してあげた方が・・・』とマスターに仰っています。

 しばらく目をつむって悩まれたマスターは『・・・そうだね』と言って,亜美さんに閉店の準備を指示されました。


 お客さんがみんな帰られた後,亜美さんも何か言いたげな顔をしながらもお帰りになりました。

 誰もいない店内で,マスターと陽子さんが私に向かってお話を始めました。

『これから言う話は,絶対笹宮さんの心の中にだけ秘めておいて欲しい。いつか,聡二君自身が,自分から君に話せるようになるのが一番望ましい話しなんだけど・・・』

 そう前置きをされてから,話された内容は彼にあったあまりにも辛い過去の出来事でした。


 そして,私は自分が犯した最大の罪を知りました。

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