第2話「初営業!焼きそばvs村の鍋」

「ねえ、キミ。その車……料理、できるの?」


 川沿いの小さな村。

 瓦屋根の古びた家が並ぶその一角で、神楽ユウトはひとりの少女に声をかけられた。


 栗色の髪に麦わら帽子を被った彼女は、手に籠を抱えてこちらを見上げている。年は十歳前後だろうか。


 「え、ああ……たぶん、できる、と思う」


 答えながら、ユウトはキッチンカーの扉を開けて見せた。

 銀色の車体が軋み、ステップが自動で降りる。中をのぞいた少女の目がまんまるになる。


 「わあ……すごい! 本物の屋台みたい!」


 「まあ、屋台っていうか、移動販売車? ……でも、食材は今朝届いたばかりで、水も火もまだ準備できてないんだよな」


 厨房を見回すユウト。鉄板はあるがガスが足りない。水道も通っていないこの異世界で、料理ができる環境は整っていない。


 「お水は井戸があるよ。火は、薪ストーブを貸してあげる!」


 「マジで!?」


 少女はニコッと笑って、村の奥へと走っていった。

 その背中を見送りながら、ユウトは思う。


 ――なるほど。ここでは、人の助けを借りながら営業しろってことか。


 異世界は、便利じゃない。でも不便さの中に、人とのつながりがある。


 しばらくして、少女が薪と大きな鍋を抱えた老婆とともに戻ってきた。


 「こいつがうちのばあちゃん! 鍋料理が得意なんだよ!」


 「ふふ、旅の若者が焼きそばを売るなんて珍しい話だねえ。こっちは具だくさんの野菜鍋、負けないよ?」


 老婆は笑いながら、鍋をどんと置いた。


 ――対決だと?


 不思議と闘志がわいてきた。

 ユウトは井戸から水を汲み、鉄板に火を入れる。持ち前の腕前で、キャベツ、もやし、豚肉を炒める音が響く。


 ジュウウウッ……!


 香ばしいソースの匂いが辺りに立ち込める。

 村の人々が興味津々に集まってきた。


 「なんだなんだ、いい匂いがするぞ!」


 「屋台か!? 旅人が焼きそばを!?」


 ユウトは緊張しながら、最初の一皿を仕上げた。


 「焼きそば、お待たせしました!」


 紙皿に盛られた焼きそば。

 それを最初に受け取ったのは、さっきの少女だった。


 「いただきますっ!」


 ひとくち。ふたくち。


 「おいし~~いっ!」


 歓声が上がる。

 それを皮切りに、村人たちも焼きそばを求めて並び始めた。


 その横では、老婆の鍋も振る舞われていた。

 あっさりした出汁に根菜ときのこ、鶏肉の旨味が染み込んだ家庭の味。


 「ふふ、お主の焼きそばもなかなかやるねぇ」


 「そっちの鍋も、優しい味で癒されました……!」


 初めての営業は、まるで文化祭の屋台のようだった。

 そして、村人たちの笑顔を見たとき、ユウトははっきり感じた。


 ――ああ、これだ。このスキルは、こうやって使えばいいんだ。


 焼きそばは完売。鍋も空っぽになった。


 「ありがとう。焼きそばって、村では食べたことなかったけど、すごく人気出そう!」


 「ここの市場、もう何年も止まったままでね……でも、またにぎやかになったらいいな」


 老婆の言葉に、ユウトはうなずいた。


 「それじゃ、また来週……は無理かもだけど。もし通りかかったら、また寄ります」


 村人たちに見送られながら、ユウトはキッチンカーのエンジンをかける。


 夕日が差し込む川辺の道。焼きそばの匂いは、もう風に溶けていた。


 「さて、次の街では何を作るかな……」


 こうしてユウトの“異世界キッチンカー旅”は、静かに、しかし確かに進み始めたのだった。

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《異世界キッチンカー航路 〜週替わりメニューで旅をする〜》 @farmERty4

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