《異世界キッチンカー航路 〜週替わりメニューで旅をする〜》

@farmERty4

第1話ようこそ、異世界キッチンカー

雨が降っていた。


 灰色の空の下、神楽ユウトは傘も持たずに、駅前デパートの自動ドアに駆け込んだ。


 高校の授業が終わり、なんとなく寄ったデパ地下。

 揚げたてのメンチカツと焼き鳥の匂いに吸い寄せられ、小腹を満たすつもりだった。それだけのはずだった。


 「……あれ? こんなエスカレーター、あったっけ?」


 惣菜コーナーの奥に、見慣れない通路。

 その先には、異様な存在感を放つ、真紅のエスカレーターが立っていた。


 ユウトは引き寄せられるように、一歩を踏み出した。


 そして、その瞬間――


 ――ギュンッ!


 空間がねじれ、感覚がぐちゃぐちゃにかき乱される。

 重力が消えたような浮遊感。意識が遠のいて、気がつくと……。


 「…………っ、どこだ、ここ?」


 目の前に広がっていたのは、果てしなく続く草原だった。


 濃い緑が風に揺れ、鳥のような何かが空を飛んでいる。

 見たこともない、けれどどこか“ゲームっぽい”ファンタジーな風景。けれど、画面越しじゃない。空気があって、匂いがする。本物だ。


 「……夢じゃ、ないよな」


 混乱しながら周囲を見回すと、手にはいつの間にか薄い端末のような板が握られていた。



《スキル:キッチンカー召喚》

【週替わりメニュー対応】【発注必須】【環境適応変形可能】



 「……は?」


 スキル? 召喚?

 理解が追いつかないユウトの目の前に、突然空がきらめき、光の柱が走る。


 ドォン!


 轟音と共に、空から何かが落ちてきた。

 銀色のボディに、謎のロゴマーク。煙をあげて地面に着地したのは――まさかのキッチンカーだった。


 「……出てきた!? 本当にスキルだったのかよ……!」


 思わず声を上げたユウトは、恐る恐る車の中へと乗り込む。


 内部は本格的な厨房仕様だった。鉄板、コンロ、冷蔵庫。どこかのイベント会場で見たような、最新型の移動販売車そのもの。

 壁のモニターに、こう表示されていた。



【今週のメニュー:焼きそば】

【在庫:0】【営業不可】

【発注を行ってください】



 「……なるほどな。スキルっていうより、業務システムかこれ」


 冷蔵庫を開けても何もない。どうやら本当に「発注」しないと食材は手に入らないようだ。


 端末を操作し、リストから「キャベツ」「もやし」「豚肉」「中華麺」「ソース」「紅ショウガ」などを選ぶ。

 画面には【支払い:120P】と表示され、手持ちの「旅人ポイント」から差し引かれた。残りは880P。


 「……とりあえず一週間はなんとかなるか?」


 エンジンをかけると、キッチンカーは未来的な音を立てて始動した。


 どこへ向かえばいいのかもわからない。

 けれど、草原を駆け抜けていくこの車には、きっと“何か”が待っている気がした。


 数時間後、ユウトは川沿いにある小さな村へたどり着いた。


 静かで、素朴な村。だが市場は閉ざされ、人々は元気をなくしていた。

 そのとき、ひとりの少女がユウトに声をかけた。


 「ねえ、キミ。その車……料理、できるの?」


 その一言が、ユウトの旅の始まりとなる。


 異世界キッチンカーの冒険、ここに開店!

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